見出し画像

【第27回】コメ先物本上場申請を準備堂島取が有識者会議を開催

(株)堂島取引所がコメ先物取引本上場に向け動き出した。「堂島はコメの先物取引の発祥の地で、大阪はこれを失ってはいけない。これを否定することは、『無知蒙昧』の、経済を知らない、世界を相手にしない人たちだ」。大株主のSBIのオーナー発言が起点になっている。

農水省が本上場申請を非認可にしてから2年と4カ月。そもそも何ゆえ非認可になったのか。コメの価格決定権を失うことを恐れたJAグループの意向を受けた政治家の力でちゃぶ台がひっくり返されたようなもので、政治力を翻すように持っていくしか対応策がなかった。水面下で力を注ぐ過程で、本上場を阻止した有力政治家から「先物取引自体には反対していない。ただ、その前にちゃんとした現物市場があるべきだ」という言質を得たことで急展開していく。

外部事情としては、大連商品取引所のジャポニカ米先物取引が軌道に乗り、日本円換算で年間5兆円もの取引金額になっていること。このままでは世界のジャポニカ米価格は大連で決まってしまうという危機感が芽生えたのだ。

農水省が実務者勉強会で先物市場の必要性を認める

農水省は昨年12月13日に開催した第3回「コメの将来価格に関する実務者勉強会」の骨子案をとりまとめた。そこにはこう明記されている。

「現物相対取引や現物市場取引に加え、予め取引価格を決めることのできる取引形態(現物先渡し相対取引、現物市場先渡し取引及び先物市場取引)を組み合わせて活用することにより、生産者等が将来の価格変動に対するリスク抑制を行なう場合の選択肢が広がることが期待される」

農水省 第3回「コメの将来価格に関する実務者勉強会」骨子案 2023年12月13日

加えて配布資料では、(1)生産者による現物先渡し相対取引と先物市場取引の組み合わせ、(2)卸業者による先物市場取引と現物相対取引の組み合わせ、(3)現物市場と先物市場の組み合わせの活用例を図入りで詳しく解説している。

コメ先物本上場への事実上のGOサインと受け取られている。

農水省は当初、勉強会を開催するにあたり非常に神経質になっていた。そのことは「先物価格」ではなく、「将来価格」という表現にも表れている。3回の勉強会開催で急いでとりまとめのたのは、政治情勢と無縁ではない。

良くも悪しくもコメ先物取引は政治情勢に振り回されている。こうした情勢を黙って見過ごせるほどコメ情勢は安泰ではない。最大の危機は2025年問題と言えるほどの大量の離農者が出ることで、現在の水田面積を維持するためにはコメどころの東北や北陸でも1戸平均40ha以上を耕作しなければならない。これは事実上不可能で、それほどまで生産基盤の弱体化が進み、将来的にコメを国内で確保できないという事態まで想定されている。

コメの生産調整が始まって以来、コメ政策は市場をシュリンクさせ価格を上げることに主眼が置かれ、巨額な財政負担をしながら市場を小さくしていった。その結果が恐ろしい勢いで減っていくコメの需要である。

需要を拡大するなら、法律で用途を規制するというバカなことは止め、輸出を含めてどのような需要でも自由に販売できるようにしたうえで、それを可能にする産業インフラとして最も重要な「公的な機能を持つ市場」を創出することである。

そのことを広く議論するために農政調査委員会は、専門家を招いて23年7月から11月末まで7回にわたり「農産物市場問題研究会」を開催した。この研究会は、農畜産物の市場形態や価格形成について広く認識してもらい、ひいてはコメの市場開設の欠くことができない重要性を周知してもらうことに狙いがあった。

わかりやすいコメ先物市場 商品設計の具体案を詰める

農政調査委員会は7回にわたる「農産物市場問題研究会」の内容をまとめ報告書として農水省に提出することで、コメの現物市場や先渡し市場、先物清算市場の必要性を訴える。こうした動きに歩調を合わせる形で、堂島取は23年11月28日に慶応義塾大学の土井丈朗教授を議長とした「コメ先物市場開設に係る有識者会議」を設立、コメ先物市場本上場に向け再起動した。

いったん非認可された商品の経過期間が短いにもかかわらず、再度認可申請するというケースはこれまでなかったが、そうしなければならないほど見識のある人の危機感や先物市場を必要としている生産者や流通業者の要望が強かったとも言える。

上場を勝ち取るためには何よりも当業者の賛同が必要になる。幸い大規模生産者組織である日本農業生産法人協会や全国稲作経営者会議、さらに全米販や全米工など、JAグループ以外は概ね賛同を得られている。

次に重要なことは「商品設計」。これについては農政調査委員会のセミナーで、「試験上場中の先物取引は産地銘柄ごとに上場され、取引が分散するとともにわかりづらかった。本上場ではシンプルでわかりやすい商品設計にしてもらいたい」という提言もあった。

12月14日、堂島取は商品設計会議を開催(みらい米市場の折笠社長とクリスタルライスの山村社長も出席)。参加者が理解しやすい設計にすることや、当業者が利用しやすいように「現物の受け渡しがスムーズに行く方式」について検討された。コメ業界では先物市場を価格変動のリスクヘッジの場としての捉え方以上に現物の受け渡しを求めることが多く、こうした特性を踏まえた商品設計にすべきという考え方による。また、市場流動性を確保するための投資家をどう呼び込むのかといった問題も大きな課題になっている。

こうした課題に答えるような商品設計を行ない、24年の早い段階に農水省に本上場認可の申請を行なうことにしている。

なぜコメには先物市場が必要か 先物取引への誤解を正す

『農業経営者』2024年2月号より

第7回農産物市場問題研究会において、新潟食料農業大学の渡辺孝明学長がコメ先物市場の必要性について解説。その一部をここで紹介しておきたい。

[誤解]
コメの取引は産地・銘柄が多様で、先物のような大雑把な上場区分では授受の際に、買い手にも思った通りの品物が渡らない可能性が高い(試験上場中に当業者が指摘)。
(1).先物取引と先渡し取引を混同するケースが多い。特定のスペックのコメが欲しいならば、それは「先渡し取引」で契約して現物を確保し、その後に生じる価格面でのリスクを先物取引契約でヘッジして、金銭面での保険を掛ける。現物取引と先物取引との連携、先渡し取引と先物取引の連携がベスト。現物市場の整備が進みつつある現在、かつての深川正米市場と蛎殻町先物市場のような市場間の有機的連携が望まれる。
(2)政府の備蓄米入札契約やコメ政策で推奨されている「生産者と卸業者の播種前・複数年契約」は典型的な「先渡し取引」であるが、価格面において先物市場でヘッジすれば、より安定・拡大するであろう。

[誤解]
コメは主食であり、投機の対象にすべきではない(JAグループからよく言われる)。
主食だからこそ中長期的視点からの需給・価格の安定が必要。
(1)将来を見通した公正・公開な価格指標を示すことで生産・経営が安定し、国民生活の安定につながる。
(2)先物取引の「価格発見機能」を通じて的確な需給調整を図れば、過剰生産による価格の低下も防止でき、土地、資本、労働力など地域資源が有効活用できる。かつて農業団体がなんら理論的な立証もなく「コメの先物取引への試験上場はコメの生産調整にとって明らかに支障をきたす」と反対したことがあったが、「先物は経済インフラ」という先進国での常識に外れる。
日経新聞の記事を要約して紹介したい。「先物市場は、人間に例えれば『体温計』だ。熱があるときに“人為的”に上限や下限を設定しても熱は下がらない。それどころか手当てが遅れて取り返しのつかないことになりかねない。先物市場の価格発見・需給誘導機能を骨抜きにしてはならない」。

まさにコメ業界は人為的な様々は規制や価格維持政策が取られ続けてきた結果、取り返しのつかない状態になりつつある。さらに現状のままでは取扱高を爆発的に増やしている「大連のジャポニカ米先物市場」にイニシアティブを取られてしまう恐れが濃厚である。貿易には先物市場の利用が不可欠で、コメの輸出で農地を守り、食料自給率を確保すべし。

『農業経営者』2024年2月号


【著者】熊野孝文
鹿児島県鹿屋市生まれ。コメ記者歴40年、元「米穀新聞」記者。
同紙は2021 年10月、堂島コメ市場不認可に 伴い廃刊、以後フリーランスと して取材・執筆活動を続けている。著書に『ブランド米開発競争』 (中央公論新社)など。

いいなと思ったら応援しよう!