【第232回】「不作」を「豊作」と判定の作況調査
ジンクスは、やはり生きていた。平成に入ってから元号で5のつく年は、不作に見舞われるというジンクスである。
まず平成5年(1993年)産だ。
「平成の大凶作」と、いまも記憶に残る大不作だった。農水省統計部の作況指数は74。クボタがホームページに掲載した「データで見る田んぼ」は、「東北地方では7月・8月で真夏日が1日しかない等の未曾有の冷害の影響」と記述。
次いで作況指数90だった平成15年産(2003年)。「データで見る田んぼ」は、「冷害の影響と、いもち病の全国的な多発の影響」と解説した。
そして令和に入って最初の5がつく令和5年(2023年)産が、それらに次いで3回目の不作となるはずだったが、幻の記録になってしまった。
統計部の作況調査が「全国101(平年並み)」と出し、不作と判定しなかったからだ。品質は記録的に悪かった。61.3%(10月31日現在)という1等米比率が、すべてを物語る。
農産物検査が現行スペックになった1981年以来のワースト記録である。
品質悪化は必ずしも収量低下にはつながらないが、令和5年の夏のように、昼夜間の温度差がなく、田圃の水温が高い場合は、収量低下に見舞われることがある。
しかも各地で深刻な水不足が心配されていた。
令和5年は、品質だけでなく収量においても大きな問題を残しているのに、統計部・作況調査は、不作と判定できなかった。
調査のどこに欠陥があったのか。検証してみよう。
プロ農家よりもアマ農家の作況指数が高くなる?
統計部の作況調査(以下「統計部調査)が実態とあまりにもかけ離れていることは、千葉県内の生産者が提供してくれた千葉県農林水産部の「水稲作柄安定対策調査ほ(圃)」(以下「千葉県調査」)で確認できた。
その実測調査と比べたら、統計部が確定した千葉県の作況指数103(やや良)は、最低でも3ポイント近くは実態より高目に出ていた。
統計部調査は、アットランダムに選んだ技術的に玉石混淆の農家が対象。一方の千葉県調査は、プロ集団が対象。農業試験場内の13調査圃と、農林水産部が選抜した代表選手格の農家層が交錯する22調査圃のようだ。調査対象が、プロとアマという点を考慮すると、その差はもっと開く。
千葉県調査は、「水稲安定対策」の名の通り、単収増加と品質向上を目的にした県独自に実施する内部調査である。そのため公表されていない。
統計部調査の結果と比較しやすいように、二つの表を並べる。
注目いただきたいのは、コシヒカリだ。平年比99。調査に使うふるい目は1.8mmなので、統計部の作況調査と同じ。
まず千葉県調査。品種ごとに調査していることが、大きなポイントだ。理由は後で触れる。この方が正確な結果が得やすい。
平年比は過去10年の平均値を100と比較したものである。ホームページにも公表していないのは、目的が稲作技術向上に向けた基礎資料とするため。調査結果は調査に協力した農家に伝えられるので、その農家のネットワークで数字を集めることができた。
統計部調査にとって、最初の目測調査は9月25日時点。このタイミングでの千葉県では、晩生のコシヒカリの収穫が終わりかけの頃だ。早生の「ふさおとめ」や中生の「ふさこがね」は、9月に入る頃には、すでに収穫は終わっている。その時点での調査対象は、主食用としてはほぼコシヒカリだと思ってよい。
その前提で統計部作況指数と千葉県調査の結果を比べてみよう。その前に千葉の3品種全体を加重平均した場合の平年比は101になる。すでにこの時点で統計部作況指数は2ポイント高い。
先に述べたように千葉県調査は、農林総合研究センターの技師が選んだ県内の代表選手。
教科書通りの肥培管理や水管理をしての結果の数字で、もしこれが統計部調査でアットランダムに選ばれた農家なら、さらに2、3ポイント下の数字が出てきてもおかしくはないはずだ。
半端な調査手法は旧食管の呪縛から抜け切れない証
統計部調査の対象圃場は、無作為抽出で選ばれる。その選び方は、かつて所ジョージの「日本列島ダーツの旅」と同じと説明したことがある。
日本全国の地図にダーツを投げ、旅の行き先を決めるように、調査圃を無作為抽出。統計部調査では、全国の農地を200m四方の区画(北海道だけは400m四方)から統計部が無作為に標本単位区を選ぶ。その中の作況標本筆が調査対象の圃場だ(図参照)。
その作況標本筆には、複数の圃場がある。
統計部「水稲収穫量調査の仕組み」には、7枚の圃場がある標本単位区が示されている。
統計部が調査員に示すのは、そのような写真で、圃場の連絡先は必ずしも示されていない。連絡先は、作業員が現場で探し出すこともあるようだ。
昔のように、圃場の近くに農地所有者が住んでいる場合は、所有者を容易に見つけることができたが、昨今のように農地賃貸借のケースが増えると、現場で実耕作者を探し出したりするのは、至難の業。
これが調査員にかなりの負担を強いている。統計部が、無作為抽出に固執するので、こうした問題が起きてくるのだ。
統計部が無作為抽出にこだわるのは、何となく想像がつく。コメ流通の全量管理を目指した旧食管制度の呪縛から抜け切れていないような印象を受ける。
この種の調査では、悉皆調査と標本調査の二つの方法がある。前者は、読んで字のごとく対象すべてを調べる調査で、全数調査や全部調査とも呼ぶ。正確な結果を得られる反面、調査にコストがかかることが問題点だ。
後者は、サンプル調査のことで対象の一部を抽出して全体を推定する調査法。前者と比べて調査コストはかからないが、正確さにおいては、悉皆調査に及ばない。
統計部調査は標本調査のカテゴリーに入るが、悉皆調査の尾を引いている点もある。作況標本筆が全国で1万筆(圃場)に及ぶことだ。いかにも中途半端な調査手法でありサンプル数だ。調査にかけるコストの割には正確さが期待できない。その点、標本調査は、標本の選び方、その利用の仕方次第では、正確に予想する手法となり得る。
実は、統計部もこれと近い調査をしている。
アットランダムに選ぶのが標本筆(圃場)調査と呼ぶのに対し、こちらは基準筆(圃場)調査と呼ぶ。千葉県調査と違う点は、地域の代表選手格の農家だけが選ばれて(全国に279カ所)、国の試験場(農研機構)は対象になっていないこと。
その調査結果は公表されていない。標本筆調査の結果が正しいかどうかを検証するための調査で、データの信頼性ということでは標本筆を上回る。
統計部・作況調査のように、調査対象をアットランダムに選ぶことによるデメリットの代表例をあげておこう。作況調査で対象除外になっているはずの飼料用米やWCS用稲(稲発酵粗飼料)が調査対象に混じってくるケースがあることだ。
原因はいくつかあって、最近の調査員は、食用に回る米と、飼料用米の区別がつかず、多収の飼料用米を対象にしてしまうお粗末な調査もあるようだ。
これを助長しているのが、統計部が作成した検査マニュアルの内容だ。不思議なことに、この検査マニュアルには、「調査対象は主食用米や加工用米など食用米」という基本的なことが書かれていない。最近の検査員の質を考慮すると、食用に回る品種と、そうでない飼料用米などの品種の判別法を添えておくべきではなかったか。
統計部は、飼料用米の生産がブームになった頃に、本来なら検査マニュアルに、飼料用米は調査対象外との規定を盛り込んでおくべきだったにもかかわらず、その作業を忘れていたとしか思えない。
実にお粗末なことだ。
ついにマーケットも見放す間違いだらけの作況指数
統計部の怠慢の最たるものは、調査結果が正しいかどうか、その確認を意図的に怠っていることである。
その結果、マーケットから段々と相手にされなくなってきている。
最近は、作況指数が実態を反映していないことについて、米卸のトップが婉曲的に批判するようになってきた。このことに気がついていない統計部は、農政の裸の王様だ。
確認手段は、二つある。産地の農業試験場は、千葉県調査のようなものを実施している。その調査結果を集めて突き合わせることである。
もう一つは、米価と照らし合わせることである。作況は、需給に直結するもので、マーケットが示す相場こそ、作況指数の通知簿になるからだ。
仲間相場の関西米穀市場(京都)の12月22日付けファックス通信は、「消えゆく1万4000円台!?」のタイトルで米価の行く方を次のようにレポートしていた。
千葉産コシヒカリの令和5年産新米商戦は、統計部作況指数103を鼻でせせら笑うような高値スタートだった。
千葉最大の穀倉地帯、JAかとり(香取市)が示した買取価格は、1俵(玄米60 kg/税込み・置き場渡し)は1万3150円。前年産に比べて2650円アップだった。
その後、千葉コシヒカリの市中価格は高騰を繰り返し、12月末現在で、ついに1万5000円台(同)の高値相場に乗った。この笑えぬ事実は、令和5年産が不作だったことを雄弁に物語っている。マーケットが相手にしないというのは、一連の価格の動きがすべてを示す。
最後に統計部・作況調査がアテにならない根拠のようなものを紹介しておく。
生産流通消費統計課に、調査に協力してもらった農家(耕作者や地権者)に、調査が終了をしたことの確認になるサインをもらっているかと質問したら、「ありません」と答えてきた。
そこで「臨時調査員には国から報酬が出るはず。サインももらわず、どうして報酬が支払えるのかな」と突っ込むと、相手は急に黙り込んでしまった。
統計部・作況調査のズサンさを示す格好のエピソードではないか。
『農業経営者』2024年2月号
【著者】土門 剛(どもん たけし)
農業評論家
1947年大阪市生まれ。早稲田大学大学院法学研究科中退。
農業や農協問題について規制緩和と国際化の視点からの論文を多数執筆している。
主な著書に、『農協が倒産する日』(東洋経済新報社)、『穀物メジャー』(共著/家の光協会)、「東京をどうする、日本をどうする」(通産省八幡和男氏共著/講談社)、『新食糧法で日本のお米はこう変わる』(東洋経済新報社)など。
会員制メールマガジン「アグロマネーニュース」も発行している。