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【第338回】空き家にした故郷に戻って

2年ぶりに田舎に帰った。帰ったと言ってもお墓に眠る父母たちがいるだけで家は空き家。管理はすっかり人任せ。

2年前の冬にその人から雪で柱が曲がっている、このままだと家が崩れるかもしれないと電話があった。建築関係の仕事をしている娘の婿さんと一緒に確認に行ったのが2年前の雪が融けたころだった。

雪国に住む方はご存じだと思うが、人が住まなくなった家はとりわけ雪に弱い。雪降ろしと雪の始末は知り合いの業者に頼んでいるが、雪の多い年は何度も頼まねばならず、その負担も小さくない。頼みの工務店の親方が体を壊し、つい雪降ろしが後回しになってしまったら柱が曲がるほどの雪が積もってしまった。

様子を確認した婿さんが大工さんを連れて柱だけでなく抜けそうになっていた居間の床も直してくれた。田舎にあこがれている婿さんだけでなく大工さんも一緒に様々に家の補修をしただけでなく屋敷周りの草刈りまでしてくれた。

そんな田舎に孫と娘夫婦ともども里帰りした。住めないわけではないが、掃除も大変なので地元の温泉宿に泊まり、昼は家とお墓の掃除。ゴミを燃やすための焚火も孫にとっては初めての体験ではしゃぎまわり、庭に面した人造湖には家から十数メートル離れた場所から階段を降りればすぐ湖岸に出られる。

そんな体験を孫だけでなく都会育ちの婿さんも楽しそう。

この家の管理をこの先どうしよう。庭にお墓があるので放棄するわけにもいかない。こんな思いは我が家族だけでなく遠い田舎に無人となった家を残す者たちの共通する悩みだろう。

帰省の挨拶による近隣の人々は皆、懐かしいとの挨拶はしても、もういつ帰ってくるとは言わなくなった。近隣と言っても隣近所もほとんどが住む人がいない空き家になっている。過疎化が進む地域に住む人々の悩みと苦労はさらに大きなものだと思うが、遠くに故郷を残した者の想いも複雑なものがある。

しかし、そんな故郷で地域を勢いづけている人々もいる。秋田と岩手の県境にある山奥の町であるにもかかわらず、隣接の北上市や横手市からもお客を呼べるスーパーがあり、その勢いを駆って北上市に進出し成功を収めている。

本誌の読者でもあるTさんはワラビからワラビ粉を作る全国唯一の生産者である。また、風土を生かした農業経営をする人として全国的にも有名。ワラビの摘み取り観光農園や、この地域に自生する様々な果実や野草を栽培し、ジャムをはじめ様々な加工品を製造販売している。

さらに、老人単身家庭が多いことを想定した総菜、給食の事業にも取り組んでいる。女性の酪農家のFさんは乳肉兼用種のブラウンスイスを導入し、その加工品販売をしている。また、あえてここに移り住んでくれる人もいるらしい。

泊まった宿もかつては湯治客が主の温泉街だったが、最近は秘境の温泉で若い人や外国人客が増えている。一泊10万円以上というお金持ちや外国人客をターゲットにした宿にリニューアルして新規予約は数カ月待ちという若旦那もいる。

古びた家宅の管理だけでなく故郷の新しい波を後押ししなければならないのだろう。

『農業経営者』2024年9月号


【著者】昆吉則(コンキチノリ)
『農業経営者』編集長/農業技術通信社 代表取締役社長
1949年、神奈川県生まれ。1973年、東洋大学社会学部卒業後、株式会社新農林社に入社。月刊誌『機械化農業』他の農業出版編集に従事。
1984年、新農林社退社後、農業技術通信社を創業し、1987年、株式会社農業技術通信社設立。1993年、日本初の農業ビジネス誌『季刊農業経営者』創刊(95 年隔月刊化、98 年月刊化)する。
現在まで、山形県農業担い手支援センター派遣専門家(2004年〜現在)、内閣府規制改革・民間開放推進会議農業WG 専門委員(2006年)、内閣府規制改革会議農林水産業タスクフォース農業専門委員(2008年)、農業ビジネスプランコンテスト「A-1 グランプリ」発起人(2009年)、内閣府行政刷新会議規制・ 制度改革分科会農業WG専門委員(2010年)を務める。

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