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【第236回】担い手と農地の問題をスルーして食料安保はあり得ない
最初に、前回で取り上げた農地所有適格法人に対する出資規制について補足しておきたい。
資金繰りが苦しい農業法人は予想外に多い。借入金が多く金融機関の与信評価も低い。藁にもすがる思いで期待しているのが“サンタクロース・ファンド”の類いだ。ワケも聞かないでポンと資金を提供してくれるファンドのことを指す。現に日本農業法人協会の某幹部が“サンタクロース・ファンド”から多額の資金を引き出すことに成功した事例がある。
筆者が着目したのは、そのファンドを引き出すのに、借り入れ先の日本政策金融公庫と結託したとしか思えないような形跡がうかがえることである。それが事実だとしたら、公庫は“サンタクロース・ファンド”を使って債権回収を図ったことになる。分かりやすく言えば“損失飛ばし”を企てたという疑いである。
実は、この出資話には被害者がいる。“サンタクロース・ファンド”の資金提供者のことだ。電話で事情を聞いたが、当該法人への出資は、ファンド運営会社にすべて丸投げされ、決算書も示されずに報告を受けたとのこと。その運営会社に影響力を行使できるのが、日本政策金融公庫ではないかと睨んでいる。その運営会社に資金提供者を通じて説明を求めたところ、ついぞ連絡はなかった。いずれ日本政策金融公庫にも説明を求めてみたい。
さて4月19日、農業基本法改正案が与党など賛成多数で衆院を通過した。在京紙社説が基本法見直しをどう評価したか。報道を点検してみよう。この局面での正しい評価基準は、担い手確保と、農地法見直しの必要性の2点に言及しているかどうか。この2つの問題に手をつけずして食料安全保障の論評などあるわけがない。戦争と兵備の関係を想起すべし。
各紙とも的外れの論調が目立った。ウクライナ戦争のことを引き合いに出して食料安全保障の重要性を強調しておきながら、農地と担い手のことについて深掘りした論調はなかった。前回でも指摘したが、担い手の高齢化などで、有事の際の食料安全保障はもとより、平時においての食料安定供給に支障が出始めているのが実情だ。ポンコツ兵備で食料安全保障を実現せよというのは、竹槍で敵と戦えというのと同義。このことにメディアは気がついてほしかった。読者のためにも、現場をもっとよく見て、問題の核心を突く論説記事を書いてほしいものだ。
半世紀前の農業観から脱却できないお粗末政治
基本法見直しの国会論議もひどかった。与野党とも、日本農業がすでに危機的状況に陥っているので構造改革が必要であるという認識が完全に欠如していることである。議事録に目を通してみたが、選挙を意識してか、農家へ秋波を送るようなメッセージしか目に付かなかった。
その代表は、立憲民主党など野党2会派が4月18日に共同提出した政府原案の修正案。修正を求めたのは、担い手に関する「多様な農業者の役割の明記」(新法第26条第2項関係)の部分を比較すると、一目瞭然。
【政府案】
「望ましい農業構造の確立に当たっては、地域による協議に基づき、効率的かつ安定的な農業経営を営む者及びそれ以外の多様な農業者により農業生産活動が行われることで農業生産の基盤である農地の確保が図られるように配慮するものとする」
【修正要求案】
「望ましい農業構造の確立について、効率的かつ安定的な農業経営を営む者以外の多様な農業者が地域の農業及び農地の確保に果たす役割を明記する」
政府案にあって修正要求案にない記述に着目していただきたい。政府案は、「多様な農業者」には「農業生産活動」、「農地」には「農業生産の基盤」という修飾句で、わざわざ定義づけてきた。
修正案では、その修飾句が削られた。政府案が修飾句で農家の範囲を絞ってくると、零細規模で家庭菜園程度の農業を営んでいるような農家は、農業補助金の対象から外れることを意味する。これが農村・農業票をあてにする政治家には耐えられないのだ。
ましてや立憲民主党は戸別所得補償の導入を農業政策の柱に据えようとしている。その目論見から、政府案が示した農家と農地の位置づけに強く反対したようだ。
もはや農家や農村は、どの政党にとっても票田にはならない。この厳粛な事実に与野党の政治家は気がついていない。根拠は前回で紹介した農家人口の推計。基幹的農業従事者数が2020年の136万人から40年には30万人に激減するというものだ。
立憲民主党が、あのような修正要求案を出してきたのは、55年体制で旧日本社会党が最大議席数を誇った当時の農業や農村のイメージから脱却していない証でもある。ちなみに旧日本社会党の衆議院最大獲得議席は、1958年総選挙の166(議席数467)。当時の農家人口は600万人を超え、総人口の7%弱もいた。
立憲民主党に限らず、どの政党も半世紀前以上の農家や農業のイメージから脱却できないことは、ある意味で滑稽だ。
農地改革見送りは“政高官低”が影響か
農地問題が、基本法見直しの議論で完全にスルーされたのは、与党内の政治情勢によるものだ。このタイミングで議論を仕掛けても、与党内の理解が得られないと判断して見送ったとしか思えない。担い手不足が急速に進む中での議論見送りは痛恨の極みだが、政高官低の政治情勢では、やむを得ざる措置であったと思う。
カギを握ったのは、自民党の森山裕総務会長。農政族議員では無二無双の存在と踏んだ。畜産族でありながらTPP協定に賛成、その論功行賞で2015年、第三次安倍晋三内閣で農水大臣に登用された。その後は政界双六を順調に駆け上がり、昨年9月、党の総務会長に就任した。
ここ10年近く、この方の政治活動を新聞などで見守ってきたが、その政治スタイルは、TPP交渉における所作が原点のように思えてならない。派閥を率先解消したことも、機を見るに敏なる森山氏らしい。国家経倫に通じるようなものが備わっていれば、鬼に金棒になるのだが…。
政治家・森山裕なる人物像について、その筋のディープスロートに意見を伺う機会があったが、想定外の回答が返ってきた。「先物商品がお得意とか」。
これには正直、困惑した。というのは3年前、認可寸前の大阪堂島商品取引所(現堂島取引所)が申請していた米先物の本上場を土壇場でひっくり返した張本人が、何あろう森山氏だったからだ(『農業経営者』本コラム2021年10月号参照)。
JA全中は、「主食である米を投機的なマネーゲームの対象とすることは食料安全保障の観点からも大問題」という、ワケの分からない言い分で反対していた。どうやら森山氏は、これを真に受けたらしく、何はとまれ鶴の一声で農水省が進めていた認可の方針をひっくり返してしまったらしい。
森山氏は、昨年7月7日付けマネーポストWEB版(小学館)で、「私が“資産20億円の株長者”になった経緯」を告白している。いまから30数年前に取得した、ITコンサルティングの(株)フューチャーの未公開株が店頭公開で大化けしたことがきっかけだったと説明しておられる。
森山氏は、金融商品の運用にも通じた永田町きっての経済通とお見受けした。その森山氏なら、次に紹介する農業界の新たな動きを理解され、農政の大転換を図っていただけると期待したい。
300ha規模で水田作展開 令和の豪農は建設・運送業
新たな動きとは、やがて農業界に大旋風を巻き起こすと予感する企業の動きである。日本経済新聞など記者クラブメディアが飛びつくような浮わついたものではない。地域の企業が地に足をつけた動きで、農協に成り代わって、補助金に頼らず地域の農業をバックアップし、なおかつ企業として利益を上げ、立派に納税の義務を果たしている事例である。
新潟県上越市で308haを超す農地を所有し、水稲を耕作する田中産業(株)のことだ。令和の豪農と呼ぶに相応しい企業体だ。ホームページには、建設、運送、農業、除雪を看板に掲げている。地域のコングロマリット(多角化経営)という呼び方が相応しいか。ルーツは建設業と運送業だ。農業が加わったのは、昨日今日のことではない。30年以上も前に農業を始めている。
断わっておくが、農地を所有するのは会社ではなく、認定農業者の資格を有する社長だ。会社は、代表取締役から農地を借りて耕作する。作業請負会社という形態。株式会社の農地所有に規制がかかっているから、こういう方法をとらざるを得ないのだ。
田中産業がスゴいのは、国や自治体に頼らないことである。トラクターや田植機など農業機械は、すべて自己資金。トラクターは8台所有。これだけでも3億円(業界推定)はかかる。もちろん施設の建設も自前資金だ。さらに着目すべきは労働力。春秋の農繁期であっても、すべて社員で対応している。ホームページには、女性社員がトラクターを運転する写真がある。
地元JAとはギブ&テイクの関係。ギブは徹底したJA利用。生産資材の調達はもちろん、米出荷は地元のJAえちご上越を利用。テイクは農地情報の収集だ。
23年産は、このJAに2.6万俵を出荷した。ちなみにそのJAの集荷量は67万俵なので4%近い量に相当する。森山氏にぜひ読んでいただきたいのは、地元・にいがた経済新聞の「土建業が農業に進出」と題した記事(23年10月24日付け)。
「同社が農業に参入するきっかけとなったのは、約30年前。ある社員が上越市内の実家で兼業農家だったが、親の離農で農地の処分に困っていると相談されたこと。田中康生取締役社長(当時・常務)は個人での取得を決めたが、『当時はバブル景気で、建設業関係者の農地取得は転用を警戒されて、ご理解いただくのに一苦労でした。農作業で日焼けした顔を見て、上越市農業委員会の皆さんから納得していただきました』と振り返る」
地元・JAえちご上越の米穀課に確認してみたら、「田中産業さんには、地域農業に貢献していただいて、大変にお世話になっております」という感謝のメッセージが戻ってきた。
JA全国農業協同組合中央会が振りまいてきた「株式会社に農地所有を認めたら…」という主張は、いかに空虚で国益を損ねるものであるかは、森山氏ならしっかりとお汲み取りいただけると思う。
実は、この動きは田中産業だけではない。新潟では、100ha規模の同業者がいるそうだ。トラクターなど重機を扱う点では、農業は土建業と親和性がとても強い。全国の土建業者が、この動きを知れば、事業の柱に農業を加えたいという声が確実に起きるはず。農業への参入で必ずぶつかるのが、農地の手当てだ。
土建業者は、いまも自民党の有力な支持基盤である。その影響力は、JA全中の比ではない。全国建設協会加盟の会員企業だけでも2万社に近いからだ。もし彼らが、田中産業の例を知れば、少なからぬ企業が、農業参入に名乗りを上げてくるに違いない。
そのとき、農地法の規制で、株式会社が農地を所有できないと知ったら、農業者だけに農地所有を認める現行農地法は、法の下の平等に背き、憲法違反という声が起きても不思議ではない。JA全中を擁護してきた政治家・森山氏には怨嗟の声が向けられるだろう。
前回で、危機的状況にある日本農業を根本的に立て直すには、新規参入を促し、競争を喚起するしかないと説明した。株式会社に対する農地法上の規制を撤廃することは、その第一歩となることは間違いない。
『農業経営者』2024年6月号
【著者】土門 剛(どもん たけし)
農業評論家
1947年大阪市生まれ。早稲田大学大学院法学研究科中退。
農業や農協問題について規制緩和と国際化の視点からの論文を多数執筆している。
主な著書に、『農協が倒産する日』(東洋経済新報社)、『穀物メジャー』(共著/家の光協会)、「東京をどうする、日本をどうする」(通産省八幡和男氏共著/講談社)、『新食糧法で日本のお米はこう変わる』(東洋経済新報社)など。
会員制メールマガジン「アグロマネーニュース」も発行している。