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短編小説『tHe 2 Of us』

※良い朝食さんからのTwitterリプライ「最強の水責め」よりー

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彼女は明らかに興奮していた。
その冷ややかな眼差しの奥に、確かな熱を感じる。
僕はそんな熱を感じて、「NO」とは言えない。

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始まりは、僕たちが子供の頃に遡る。
僕はとても美味しそうな香り、
(そう、確かココナッツミルクの香りがする石鹸だった!)
を誤って飲み込んでしまったのだ。
それを見かねた彼女は僕を庭に連れ出すと、水道からホースを引っ張ってきて、僕の口に突っ込んだ。僕は、石鹸の苦味もあったけど、庭にあったホースの不衛生さが気がかりだった。それでも言われた通り両手でホースを支えた。
「ちゃんと咥えてよ。水を沢山飲んで吐き出すの」
彼女は冷静だった。そして蛇口を捻った。

しなだれたホースが血の通う様に隆起し、僕の口元に水が迫るのを知らせる。
口が水で一杯になる。頬が破裂しそうになって吐き出してしまった。
「それじゃダメ。ちゃんとやらないと死んじゃうよ?」
今思えば死んじゃうなんて事ないと分かるんだけど、当時は怖くて、必死にホースを咥えた。
「良い事考えた、ちょっと待ってて」
暫くすると彼女は物置からロープを持ってきた。
そして手際良く僕を縛る。
「パパに教わったの。上手いでしょ」
ロープを縛り終えると、僕にホースを咥えさせた。
彼女は涼しげな顔をして玉の汗をかいていた。
「私が蛇口を捻って、すぐにホースを押さえに行くから、それまで吐き出しちゃダメだよ?」
黙って頷く。ゴムの味が気持ち悪いけど、我慢した。
「いくよ」
水と彼女は一緒にこちらに向かってきた。
水が口に到達した時点で、再び吐き出しそうになるが、そこを彼女がしっかりと押さえた。
「よかった、間に合った」
彼女は嬉しそうだった。

口いっぱいの水、飲まなければ頬が破裂するかも、
飲んでも再び水は来る、鼻腔にまでそれは来ていて、
瞳の奥にも水がいるような、耳から出ちゃうかも、
まるで頭の中が丸々水で満たされている様な、
そんな錯覚に陥る。或いは事実だったのかも。
お腹も膨れてきている気がする。
食道もまるでホースみたいだ。
僕の体の中でも、同じようなことが起きていたんだなと、今では思う。食道を咥えさせられた胃が、水でパンパンに膨れていたのだ。胃とシンパシィを感じる日が来るとは。
ミクロとマクロ。梵我一如。

暫くすると何かが込み上げてきている事に気がついた。
ココナッツミルクの甘い香り。
彼女が機を感じてホースを離す。
ゴプッという音と共に僕の口からココナッツフレーバーの泡が溢れ出す。
内から延々と溢れ出す泡だらけの水で、更に僕は嗚咽を漏らす。鼻は勿論、目や耳からも、泡が出た。そんな気がした。

気がつくと僕は泡の中で横たわっていた。
石鹸と、ゴムと、嘔吐物、芝生の青い香り。
口は苦味と酸味に侵略されて。
彼女はしゃがみ込んで、僕を見下ろしていた。
太陽が照りつけて、逆光で彼女の顔は見えない。

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それからと言うもの、彼女は事あるごとに、僕を水でいっぱいにした。僕の頬もお腹も、だいぶ伸びが良くなってしまった気がする。

そして今日も。

僕は椅子に縛り付けられている。
彼女の縛り方はレパートリーが増えていた。
より強固に。
天井に向けて首を固定させられる。
そして、ロートを咥えさせられる。
今日は「ドリップ」みたいだ。

彼女が踏み台を昇って僕を見下ろす。
ココナッツミルクの香りがした。
彼女は「こういう日」、決まってココナッツミルクの香りがするクリームをつけていた。

先の細いジョウロを使って、
ゆっくりと水を注ぎ始める。
一定量注いで止め、僕の喉が水を飲み込んでいく様を覗き込む。これが暫く続く。
先の細いジョウロは水量の調節が出来て楽しいらしい。
急に沢山注がれて、びっくりして、僕がジタバタと脚を躍らせたり、目を見開くと、彼女は微笑んだ。

いや、微笑んでいるらしかった。

彼女の顔は、逆光で、水で、或いは涙で、

今日も上手く見えない。

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