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短編小説『行きつけのファミレス』

起きたらファミレスは閉店していた。

自分の存在感が薄いのには、薄々気付いていた。
挨拶は返されない。自動ドアは開かない。顔認証システムはまともに俺を感知しない。
今日はいよいよ店長に気付かれずに閉店作業が済んでしまったらしい。学生時代から行きつけのファミレスでそんなことあるか?

人っ子1人いない、ネズミやゴキブリはいるかもしれない、常夜灯のみが照らす店内を探索する。
試しにドリンクバーでグラスを持って、ソーダのボタンを押す。出た。まぁドリンクバーは注文していたし延長戦ってことで、俺は氷を入れてソーダをなみなみと注ぐと、自分が眠っていた席に戻った。

月陽が照らすボックス席でソーダを啜る。
火星みたいな味がした。

ドリンクバーが生きていることで気が大きくなったのか、今度は腹が減ってきた。念の為ベルを鳴らしてみる。が、誰かが来るわけもなく、俺はバックヤードに入っていった。手始めに置いてあったパンを千切って食べながら厨房を探索すると、薬の小瓶と注射器が転がっていた。キッチンには不釣り合いだ。首を傾げながら、大型の業務用冷蔵庫を開けると、何かが転がり出てきた。明らかに人間大の肉。好奇心が勝って、かけられたビニールを剥ぐ。
いや、これは死体だ。女の死体だ。顔を確認しようとすると、奥で物音がした。まずい。俺はビニールを掛け直し、死体を冷蔵庫に戻しなんとか物陰に身を潜める。
店長だった。整った顔に均整の取れた身体。いつも物腰が柔らかく、コミュ障の俺でもちょっとした会話なら交わすくらいには紳士だった。その紳士が冷蔵庫を無造作に開け、さっきの死体を取り出し、カウンターに乗せる。そしてビニールを処女の服を脱がせるみたいに丁寧に剥いだ。
「上物、上物。」
普段の気品を忘れてしまうくらい、その声は下卑ていた。吐き気がしてきた。俺は動揺で、後ろの棚にぶつかってしまった。ボウルやらお玉やらが落ちる。
「誰かいるのか?」
心臓が止まりそうになる。足音が迫る。
包丁を持った店長が俺の目の前に現れた。
おしまいだ。そう思った。
しかし店長の視線は宙を掻いて廻り、俺のことなんて眼中にない様子だった。接近して50cmでも気づかれないなんてことあるわけない。何かがおかしい。影が薄いなんてどころの話じゃない。
俺は念の為気休めのお玉を持って、立ち上がった。

カウンターに横たわる死体は、俺だった。
隣に佇む店長は俺に気づかず、俺の死体を撫でている。

そうか、俺は仕事終わりにファミレスで食事を済ませて、なんだかウトウトしてしまって、寝ている間に殺されたのか。あの小瓶は睡眠薬、注射器はなんらかの毒か。
普段見ることのなかった表情を浮かべる彼の横顔。そんな横顔を見て、少しでも良いなと思っていたのが馬鹿らしくなって来た。百年の恋も冷めるほど、私は冷たくなっているだろう。

母の「お前は男を見る目がなさそうだ」という言葉が痛烈に、そして鮮烈に甦ってきた。
うるせえや。

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