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#文学サークル“お茶代”1月課題『こわい話』 “

行きつけの喫茶店には変わった常連客がいる。
お茶を一杯奢るから何か面白い話はないかと、他の客に聴いて回るのだ。
そうして集めた話を日記につけているらしい。
それも別に出版したり、投稿したりするわけではないと言うのだから、酔狂な男である。
その男が私のいるテーブルに来た時、私に話の持ち合わせはなかった。
だから代わりに尋ねてみた。
「お茶を奢るから、あんたの話を聞かせてくれないか?集めたものでも、経験談でも良いよ」
そうすると男はカカと笑って、話を始めた。

「配信」

これは、俺が学生時代の話なんだがね。
当時某動画配信サイトで生放送を観ながら夜更かしすることが日課になっていたんだ。だけど、有名な配信者にはあんまり興味がわかなくてね、寧ろニッチな企画やアウトロー系、日常ではあまり出会わないタイプの人間を安全地帯から覗き見ることを好んで回ってたんだ。そして、ある程度リスナーが増えたら別の枠へ飛び、知る人ぞ知る面白い配信を探すジプシーと化していた。

しかし連日こってりなゲテモノ企画を観ていると多少の胸やけはあるもんで、その晩は珍しく普通の配信でも覗いてみるかと、普段は寄り付かない弾き語りとか声真似カテゴリーをぶらつくことにした。

しかし合わないものは合わないんだね。
爽やかなイケメンボイスで甘ったるい歌詞を歌ったり、甲高いアニメボイスで「お兄ちゃん」なんてのは、かえって俺の耳を疲れさせた。
次の配信が合わなかったら今夜は友達にでも声をかけて通話でもしよう。
それが叶わなきゃ大人しく寝ちまおうって、最後の枠をクリックした。

タイトルは確か「真夜中の癒し系」だったと思う。うろ覚えだけど。
画面には紫色の夜空に浮かぶ三日月が表示されて、主の声がヘッドホンを通して響いた。確かに高すぎず低すぎず、耳触りの良い女性の声だった。
リスナーは3人くらいいたかな。過疎は過疎だったよ。
丁度いい、ここで落ち着くとしようってなったわけ。
「初見です」ってキーボードを叩いて。

「あー、初見さんいらっしゃい、ゆっくりしていってね」
ほろ酔いらしくて活舌の危うさがなんとも可愛かった。
たまにはこういう配信も良いかもしれないと思いながら、ドクターペッパーを傾けて。

暫く聴いてたらリスナーにはどうやら下心があるやつもいて、コメントには少し猥雑なものまであった。主は笑いながらはぐらかしつつ、ネタとして盛り上げていた。変に乗らない、それでいて雰囲気も崩さない。もっと評価されるべきタグをつけたいところだが、あまりがやがやと人が増えても自分は困る。
しかしこの調子なら、いずれ人気が出てしまうかなと思って、
「いつから配信やってるんですか?」って聞いてみたんだ。
そしたら、驚くことに「今日が初めて」って言うんだよ。
流石に嘘だろーって思いながらも、「雑談上手なんでびっくりです」なんて言ってみてさ。
したら、「ずっとある人の配信を追ってて、コメントも沢山打ってたので、それである程度雰囲気つかめてるのかもー」って。
俺には出来ない所業だなぁって唸ったよ。

午前1時を回って、リスナーも入れ替わり立ち代わり、残ったのは俺とROM専1人。そろそろお開きかななんて思ってたら、
「まだ暇だから続ける」って言うのよ。
俺もまだ全然眠くなかったから嬉しかった。短時間で随分惚れ込んでしまっていたね。斜にかまえたところで男の子だからね、やっぱり可愛い声、綺麗な声には弱い。

それでまたちょっとすると、今度別のリスナーが入ってきた。
「あれ?女性?」とコメントが表示される。
主が答えぬうちに「間違えたみたいです、お邪魔しました」とコメントがされ、リスナー数が1減った。なんだったのか。
当時両声類なんてのも流行ってたから、もしかしてこの配信者は男性で、女声を出して遊んでるのか?なんてことも過ったけど、やっぱりどう聴いても女性の声だからさ。
主はそのことについては話さず、別の話題へと移っていった。
俺もそのまま触れなかった。

午前2時。
「さてそろそろお開きにしようかなー」と主の伸びが伝わってきた。
その声に紛れて低い声の様なものが聞こえた気がした。
一瞬自分の携帯のバイブかと思ったが、どうやら違う。
家族の声かと思ってヘッドホンを外すがそれも違った。
確かにヘッドホンから男の声の様なものがする。
低い唸り声だ。しかし主は平然としている。もしかして俺にだけ聞こえているのか?
「それじゃあ今夜はお付き合いありがとうございました、バイバーイ」
クリックの音がして、配信が終了する。
あの声はなんだったのか。もしかして彼氏か。そうじゃなかったら?なんて思っていると、少し怖くなってきた。
すると、ヘッドホンから再び音がした。
衣擦れの様な音。どうやら主は切ったと思って、まだ配信を続けてしまっているらしい。そんな事故を前に目にしたことがあるが、まさか。
しかしそこは男子学生、自分が好きな声の女性の生活音に興奮が隠せない。
しかもさっきの男の声がもし恋人だったら?この後、すごいものが聴けるかもしれないと、俺の心臓は早鐘を打っていた。

「起きたね、私が誰だかわかる?」
主の声に間違いない。間違いはないがさっきとは全く声色が違う。
とても無機質で、温度の下がった様な声だった。
「え、わかんないの?あんなに毎日聴きに来たのに?コメント毎日打ったのに?」少し神経が昂っていくのが分かる。
鈍い音と男の呻き声がする。何かで殴られている?
「じゃあもうその目とか耳とか要らなくない?」
男の呻きが悲鳴に変わる。口を何かで塞がれているらしいが、それでもその悲痛な叫びは俺の耳に届いた。
「もういいじゃん、どうせ二人ともさ」
そこでピコンと気の抜けた音がする。
「なにこれ」とコメント欄に表示される。
ROM専だと思っていた人間がどうやら起きてコメントを打ったらしい。
一瞬の間を置いて、
「は?」
と女の威嚇する様な声。
同時に男の助けを求める、言葉にならない叫び。
そして配信は終了した。
ヘッドホンには男の悲鳴が残っている様な気がした。

そのあとすぐにチャンネルが消えて、俺には何も出来なかった。
そこから一週間、無理心中のニュースでもないかと意識していたけど、それらしい記事は見当たらなかった。
配信巡りは未だにやってしまうね。
忘れられないんだ。
もう一度彼女の声が聴きたいもの。


文学サークル『お茶代』の1月課題:こわい話 提出作品。
雨森れにさんのご紹介で参加させていただきました。
よろしくお願いします。

寝袋男

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