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短編小説『笑う生贄』

部屋の中央に置かれた箱について、その場にいた3人の男が大変に興味を持っていたのは事実であるが、「開けてみよう」と申し出る人物はおらず、中身は検められることなく今に至る。
箱は、大人2人が小さくなれば入れる程度に大きく、木製である。表面は赤黒く塗られていて、どうにも存在感のある代物だ。

「3人共記憶がないのは分かった。しかしどうしたものか。」
自分の顔を見れば何か思い出すかも知れないが、部屋に反射する類の物もないから、自分の顔すら確認が出来ない。
「これは誘拐だろうか。」
3人とも何故この部屋にいるのか、記憶がないから当然分からない。
「自分が金持ちかも分からないから否定は出来ない。健康かが分からないから臓器売買の線も捨てられんが。記憶のないところを鑑みると、人体実験の類かもしれない。」
いくらか会話を続けると最後は皆、箱に視線を落とした。暫くして1人が口を開く。
「やはりこれを開けてみるしかないようだ。」
他2人が頷く。
「誰が開ける?俺は勘弁願いたい。潔癖症なんだ。」
「ふむ、ならば仕方ない。俺が言い出しっぺだ。引き受けよう。」
蓋に手を掛ける。箱は思いの外、すんなりと開いた。
「「なんだ、空じゃないか。」」
内2人が声を揃えて言う。そして2人が笑って見合った瞬間に銃声が響き渡る。2人の頭から血飛沫が舞う。2人はもつれ合って箱の中に倒れ込んだ。潔癖症と自称した男の両手には拳銃が光り、煙を上げている。男は拳銃を床に置いて、2人の男の脈を確認すると嬉しそうに、そして丁寧に死体を2人分箱に収めて蓋を閉めた。そう、自称潔癖症男は記憶を失ってなどいなかった。2人には嘘をついていたのだ。ある計画の為に。

1時間と少し後、男は嘆いていた。
「クソッ!失敗か!準備に何ヶ月、金がいくら掛かったと思ってるんだ!!!」
そう怒鳴りを上げて箱を蹴るが、大人2人入った箱は重く、つま先の痛さに床を無様に転がる。

ここで男の曽祖父が遺した手記の一説を紹介しよう。

悪魔を召喚するには、以下の手順を踏め。
1、山羊の血を全体に染み込ませた木製の箱を用意せよ。成人男性が2人入る程度が好ましい。
2、記憶を失った双子を連れてくること。老若男女は問わない。記憶量はなるべく古いものから失われていることが好ましい。
3、記憶を失った双子、どちらかいずれかに素手で箱を開けさせること。召喚術者が開けてはならない。
4、双子の記憶が無い内に殺め、箱に収める。箱に血を吸わせる必要がある為、出血を伴う方法で殺めること。血はなるべく新鮮であること。
5、全てを終えたら蓋を閉め、1時間箱を観察して待て。
以上の仕事を成せば、召喚は叶う。

何が間違っていたのか。

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