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短編小説『寝袋男』
※ゆきんさんからのTwitterリプライ「スリーピングバッグマン」よりー
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J 本…駅…調…事情…警…以上で…ー
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僕は寝袋の中でラジオを聴いていた。しかし上手く受信が出来ないらしく、まともな情報は入らなかった。ぶつ切りにされた言語が右から左へ流れていく。
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これは寝袋男の話だ。君のじゃない。
僕のでもない。
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寝袋男の話をしよう。
僕だって1番最初の寝袋男についてはよく知らなくて、噂でしか聞いた事がない。
路上生活者だったという話もあれば、ベッドがあるのに寝袋を使っていた偏屈な男という話もあるし、そもそも「寝袋男」ではなく、ネブ•クロオって言う名前だと言う話もあるしね。
それはさておき「今」の寝袋男についてだ。
彼は、って断定するのはよくない。彼女かもしれないし。
そもそもニンゲンにおける性別というのも本当は不安定なもので、いや、この話はまたにしよう。
話が回りくどいとかよく飛ぶって友達からも叱られるんだ。
とりあえず「男」がついているから、「彼」と仮定する。
彼だって元々は寝袋男じゃない。
そしていつまで寝袋男かもわかったものじゃない。
時代は変動するし、歴史は繰り返すし、生き物はいずれ死ぬ。
誰でもなれるってわけじゃない。
そんなことしてたら、寝袋男が溢れて、皆誰が誰だかわからなくて、誰に電話するんだっけ?とか、今晩誰とデートの予定だったろう?とか、途方に暮れちゃうもの。
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寝袋男になるには3つの条件がある。
•カラダに合った寝袋を持っている。
•よく食べる。
•人混みが嫌い。
あれ、ごめん、もう一個あったかもしれない。
思い出したら言うよ。
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私が初めて寝袋男に出会ったのは、10年前くらいだろうか。
インターネットで知り合って接触を図った。
噂には聞いていたからね。
実際に会ってみると、なかなか冴えない男だった。
ああ、たしかにメガネは掛けていたと思う。
いや、髪はすごく短かったね。
本の話を少しして、それきり会ってないよ。
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僕が寝袋男になったのは、寝袋男がバイト先にいたせいなんだ。ひょろっとしていて、背はまぁまぁ高かったかな。
性格はキツそうだった。
無愛想だけど話が面白くて、聞いている内に、いつの間にか僕が寝袋男になってたわけ。
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20年前ですね、家の裏に何かいると通報があって、駆けつけるとそこにいたんです。そうそこ、丁度その辺り。
ひょろっとしたのが立っていてね。
後で寝袋男だって分かって、びっくりしました。
その時は捕まえ損ねてしまって。
いつかは、なんて思っていましたが、私も来年で定年です。もう一度お目に掛かりたいものですな。
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一時期追ってる内に寝袋男になっちゃってー。
いや、女でも寝袋男なんですよ?
寝袋男さんの思想って言うのかな、それに感化されてる内になっちゃって。でも今はきっぱり卒業してます!
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寝袋男ぉ?ああ、何回か一緒に飲んだことあるよ。
あいつ酒は弱いけどよく喋るんだよ。
まぁこっちは酔っ払ってるから、何話してんだかよく分からないんだけどさ。愛想の良いやつだよ。
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ああ、授業中毎回寝ていた子かな。
いっつも寝癖みたいにボサボサで、寝てるか本読んでるかしか見たことないな。ご飯食べてるのも見た事ないよ。
顔もあんまり覚えてないや。
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今はどうしているんですかね。
会いたいとも思いませんけど。
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捕まったって聞いたけど。
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そうだ!もう一個思い出したよ!
•カフカの変身を読んだ事がある
だ!そうだそうだ!
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俺は寝袋男だったことがある。
寝袋男はサディストで、マゾヒストでなきゃいけない。
時に言葉で責め立て、正論をぶち込む。
そして時には不当に扱われたり、無視されたりで気持ちよくなれるようじゃなきゃ。
言っておくが、寝袋男になるメリットなんかない。
SNSに意味がない様に、全くの無価値だ。
お前は自分の無価値を許容出来るか?
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変なネクタイしてたかな。
それでモジャモジャの頭を掻きながら登場したもんで「お!探偵のご登場か?」なんて思っていたら死体の血を見て倒れちゃって。結局俺が解決したんですよ。
情けない。
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寝袋男をしがないサラリーマンだと思う人もいれば、さすらいの詩人だと思う人もいる。好青年や詐欺師と言う人もいる。名探偵だと言う人もいれば、連続殺人鬼だと言う人もいる。とてもつまらない孤独な人間かもしれないし、精神病患者かもしれない。
画面の向こうに何がいるのか、分からないんだから、信用しちゃいけないよ?
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僕はラジオを切って、寝袋に全身潜り込む。
温かくて、暗い。
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