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短編小説『だらけた王様』

ハイメさんからのTwitterリプライ「時計の針」より

自宅の時計の針がなくなっている事に気付いたのは、お昼を過ぎてからだった。

そこまで時計を見ないなんて事あるのかと問われれば、多分にある。昨今私は携帯電話の表示にうつつを抜かしていて、そのせいでアナログ時計に愛想を尽かされたのかもしれないなと思った。

しかし言っても5年はインテリアとして我が家にいたわけなのだから、手紙の一つくらい置いて行ったって良いだろうに、というのは浮気した亭主の言い分としては最低の部類だろう。
「実家に帰らせていただきます」と置き手紙を書いて、工場に帰っていく時計の針を想像する。
この場合、分針が妻、時針は息子の様に思えるが、秒針は誰だろう。妻の相手だろうか。
そうなると妻も相手いたんじゃーん!!!とか考えている内に1時間が経過していることを、携帯電話の正確な時計で把握する。
そういえば砂時計の砂を眺めて1時間過ぎていた時もあったな。あの砂時計も今はどこにあるのか分からない。
私が新参者の携帯電話をチヤホヤとしている間に、いつの間にか時計達はみんな何処かに行ってしまったのかもしれない。
キッチンタイマーはまだいるのでは!?と台所に走ったが、キッチンタイマーはコト切れていた。
いつ電池が尽きたのかも定かでない。油汚れにうっすら積もった埃を拭っている内に、なんだか申し訳ない気持ちになってきた。

私は時計の針を探す旅に出る事にした。

まずは地道な聞き込み調査である。
しかし家具たちは実に寡黙で、住み慣れたはずの我が家が異境の地に思えてきた。その余所余所しさに寂しさを覚えながら、私は家の中をほっつき歩く。
ここはどこだ?と思えてきた。そもそも壁はこんな色をしていただろうか。窓はこんな形をしていたか。照明ってこんなにあったっけ。
よくよく見ていくと、自分が如何に周りを見ずに生活していたかを痛感させられる。この部屋で、私は所有者ではなく、余所者なのかもしれない。家賃も払っているし、契約書には私の名が記載されている。しかしそれは人間が作ったルール上での話である。彼らには関係がないのだ。

いよいよ草臥れて座った椅子は冷たかった。

電話を掛ける。知人で失せ物探し専門の占い師、飾磨という男がいるのだ。

「久しぶりじゃあないか。どうした?」
「時計の針に愛想尽かされてね。どこかに行ってしまったんだ。こうなったら神頼みだよ。いっちょかましてくれ。今度何か奢るから」
「僕は無神論者だけどね。オーケイ、そうだね時計のそばに棚があるだろう?」
「うむ、あるね」
「その裏を見てくれ。そこに入り口があるはずだ」
「入口?棚ならさっき見たが」
「黙って探したまえよ」

電話はプツと切れた。
棚の裏を見に行く。隙間には何も落ちていないように思えるが、こうなったら棚をどかしてみよう。なかったらそれこそ飾磨に一泡吹かすことができる。

棚をずらすとそこには飾磨の言った通り、入り口があった。と言っても、小さなドアだ。20~30cmといったところだろうか。引っ越してきたときこんなものはなかった。
腹ばいになり、恐る恐る開けてみる。まさか時計の針たちはここで生活を。

「はじめい!!!」
開けるや否や声が聞こえた。続きざまに響く、金属がぶつかる音。
中を覗き込むと、小さい男たちが剣を持って鍔迫り合いをしている。
待て待て待て、剣ではない。私の時計の針ではないか!!

私が何から質して良いか見当がつけられずにぐずぐずしていると、奥にもう一人男がいることに気が付いた。
男の横には砂時計が置いてある。あの砂時計も私のものではないか。
砂が落ちきると奥の男が「終了!!!」と声をあげた。

剣士、否、針士達は互いの健闘を称え強く握手した。
なんとも熱い物語がそこにはありそうだが、私の目下の目的は時計の針の奪還である。とはいえこんな面倒ごとに巻き込まれるくらいなら新しい時計を買えばよかったなんて思わなくもないが、また新しいものなんて買って来た日には、家具たちとの溝は更に深まること間違いなしである。

「あのう」

男たちは振り返り様に時計の針を向けてくる。

「何者だ」
それはまさに私のセリフなのだが、ことを穏便に済ませたい。
私は低姿勢、文字通り低姿勢で話を続けた。
「その剣を返してはいただけませんか」
男たちは顔を見合わせた。
「これはここの家具たちから譲り受けたもの。繰り返す、貴様、何者だ」
私は考えた。このまま低姿勢では針で刺されかねない。ちょっと大きい顔でもしておこう。彼らの身体とそう変わらないサイズの顔を、ぬっとドアから入れ、思い切って低い声を出してみた。
「我はその家具たちの王である」

男たちは、一瞬固まるとさっきまでの雄姿が嘘のように頭を下げ、時計の針と砂時計を布でくるみ(細かい話ではあるが、この布は私のハンケチであった)、私に献上してきた。

私は翌日大掃除をした。
再び家具たちが反旗を翻すことがない様、丁寧に。

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