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短編小説『HAPPY_TURN』
※ゆきんさんからのTwitterリプライ「ハッピーターン」よりー
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「イイの欲しい?」
女は俺に跨ると、オレンジ色のカプセルを2つとエナジードリンクカクテルを口に含んでから口づけしてきた。
冷たく甘酸っぱい舌が俺の舌に絡み合う。
バクテリアが交換される。
互いのDNAの差異を検知する。
脳みそに響く。刺激される。
脳の奥底から何かが溢れ出す。
背筋に沿ってゾリゾリとした快感が這い上がってくる。
ピンクやブルーのライトが徐々にオレンジ一色になる。
部屋がくるくると回ってる。
五感が研ぎ澄まされ、セカイを全身で味わう。
女は激しく動いていた。
セカイを包む音楽も、セカイが回るスピードも、息遣いも、心臓も、みるみる早くなって行く。
その直後、神鳴に全身を貫かれた。
背骨を一気に引き抜かれた様な衝撃に意識が遠のく。
女は俺を見つめていた。
目が覚めるとクラブの外の路地に横たわっていた。
目の前にはホームレスみたいなジジイがいて、俺のジャケットを試着してやがった。
「おい、返せクソジジイ」
「なにをだ?」
「そのジャケットだ」
「あんたの?名前は書いてないぜ?」
「オーケーオーケー、分かった。どうせアンタみたいなヤサなしが着たらクリーニング代がかかるんだ。くれてやる。そのかわりアンタの臓器をうちのモンが回収に行くから、ケツの穴までよーく洗って待っとけ」
ジジイはニヤケヅラから急に青ざめて、ジャケットを丁寧に俺に返すと、脚をもつれさせながらそそくさと何処かへ消えた。
ハッタリだバカヤロー。
「クソッタレ!!」
流石に昨晩一服盛られて心配になったが、サイフもタバコもちゃんとあった。
タバコに火をつけて、ビルの隙間に見える空に煙を吐き出す。
過去にいくつかキメてきたが、これ程の体験は初めてだった。
思い出しても皮膚や毛、いや、細胞一つ一つがざわめき出す。
もう一度あの女に会えないだろうか。
二日酔いみたく痛む頭を振りながら、仕事に勤しむ。
「お前やる気あんのか!?」
うるせえクソジジイ、相変わらずくしゃくしゃのシャツだ、どうせまた妻が家出してやがんだろ?俺に当たるんじゃねえ。
飲み終わったコーヒーのカップをクシャと潰してゴミ箱に投げる。
ゴミ箱の縁に当たって敢えなく床に落ちる。
「ちょっと、掃除したばかりだよ!」
掃除係のババアが叫ぶ。
放っておいて昨日の女を思い出す。
不思議な女で、少女にも30ばかしの人妻にも見えた。良い女だったのは覚えてるが、顔が思い出せない。背丈も平均的で、特別胸がデカかったわけでもない。思えば特徴のない女だった。
俺は再び例のクラブにいた。
ジントニックを片手に、背格好の似た女が視界に入ると注視した。
「おい、あんた、この女を知っているな?」
クラブに不釣り合いな草臥れたジジイと少々神経質そうな若い男が二人、俺を挟んで写真を眼前に押し付けてきた。あの女だった。
「俺も探してんだよその女。もしかしてあんたらもキメられたクチ?」
「舐めたクチ利いてると撃ち殺しちゃうぞ」
「なんだよデカかよ。俺はよく知らねえ。文字通りハメられたんだよ」
デカどもの話では、ここのところヤバモンなドラッグをばら撒いて廻っている女らしく、また見かけたら連絡してくれだと。
「副作用は?」
「なんだって?」
「フ•ク•サ•ヨ•ウ!」
「ああ、副作用!すまんなここはうるさくて聞こえやしない。副作用は、最悪死ぬってとこだ」
あっさりと死刑宣告見込みを投げつけるとデカは人混みに消えていった。
雑居ビルの錆びた階段を一段一段踏み締める。
屋上には誰もいなかった。
普段ならノったカップルがお盛んだったりするんだが、これはこれは、瞑想にうってつけだ。
タバコに火をつけ、手摺りに体重を預けて空を見上げる。
このまま手摺りが外れっちまえば、死ぬのなんて怖がってる間もなく逝けるんだろうな。
しかし死ぬ前にあの女に会いたい。
別段復讐のつもりはない。
あんなトリップで昇天できるなら、このくだらない人生よりよっぽど上等だ。
しかし、ドラッグを売り捌くでもなく、ただばら撒くその女の真意が気になり出していた。
「アルマンド社製ASL03は容疑を認め、人間への報復である、と供述しており…」
テレビにはあの女が映っていた。
オレンジ色のカプセルが映る。
アナウンサーの声は無機質だった。
俺は相変わらずタバコを吸って空を眺める。
結局「副作用」を感じることなく、肺を汚しながら、怠惰に生きていた。
回らなくなった退屈なセカイで。
時折「女」を思い出しながら。