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短編小説一覧

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短編SF小説『学習』

短編SF小説『学習』

美人が出没すると噂のバーにSが行くと、女性が一人カクテルを傾けていた。Sは好きな銘柄のスコッチを注文して、その女性の席から一つ空けたスツールに腰掛けた。横目で見る限り相当な美人だ。間違いない。グラスが届き一口舐めてから女性に声を掛ける。すると思いの外ノリが良く、話が弾んでSは調子づいてきた。調子づくと男と言うのは大抵の場合、知識をひけらかし始めるものだ。Sも御多分に漏れず、近頃の人工知能に関する自

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短編小説『真夜中の死闘』

短編小説『真夜中の死闘』

男は腕の良い殺し屋だった。40歳を迎えたその年、この仕事を始めて15年が経過していた。今までに目立ったミスは一度もない。また難易度の高い案件も時間を掛けつつ丁寧に完了させてきたこと、依頼される千差万別な暗殺方法を的確に遂行するそのスタイルから業界人からは”職人”とも称されていた。
職業柄妻や子供はいない。家族を持つと弱みが増える。そうは言いつつ、先日父が他界した為、一人になった母と一緒に暮らしてい

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短編小説『笑う生贄』

短編小説『笑う生贄』

部屋の中央に置かれた箱について、その場にいた3人の男が大変に興味を持っていたのは事実であるが、「開けてみよう」と申し出る人物はおらず、中身は検められることなく今に至る。
箱は、大人2人が小さくなれば入れる程度に大きく、木製である。表面は赤黒く塗られていて、どうにも存在感のある代物だ。

「3人共記憶がないのは分かった。しかしどうしたものか。」
自分の顔を見れば何か思い出すかも知れないが、部屋に反射

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短編小説『行きつけのファミレス』

短編小説『行きつけのファミレス』

起きたらファミレスは閉店していた。

自分の存在感が薄いのには、薄々気付いていた。
挨拶は返されない。自動ドアは開かない。顔認証システムはまともに俺を感知しない。
今日はいよいよ店長に気付かれずに閉店作業が済んでしまったらしい。学生時代から行きつけのファミレスでそんなことあるか?

人っ子1人いない、ネズミやゴキブリはいるかもしれない、常夜灯のみが照らす店内を探索する。
試しにドリンクバーでグラス

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短編小説『枯れ井戸』

短編小説『枯れ井戸』

「あの井戸には近づかないで、お化けが出るよ。」
そんなベタな注意を母親からされて、今時素直に聞く子供がどれだけいるか、と当時私は小学生ながらに思った。近づくなと言われれば寧ろ近づきたくなる。注意されなければ最初から井戸の存在自体意識しなかったかもしれない。家の敷地内かも怪しい、端の目立たない所にその古い井戸はあった。とうに枯れて誰も近づかない。
その頃クラスは丁度オカルトブームが到来していた。テレ

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短編小説『Contact』

短編小説『Contact』

「私の何処が好き?」
そう訊かれて僕は、
「笑顔」とか「意外と男勝りなところ」とか応える。
そうすると相手は満足そうな表情を浮かべたり、はにかんだりして見せた。
しかし僕は本当の事を話してはいない。勿論彼女の笑顔や、そのさっぱりとした性格を魅力と感じているのは事実だ。しかし本当のところ、それらは付属品として、後から魅力と感じただけで、僕がそもそも彼女に惹き付けられた理由は違うところに存在する。

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短編小説『治せないなら食べればいいじゃない!』

短編小説『治せないなら食べればいいじゃない!』

ワトソン博士はカレンダーを睨んでいた。
自分の持つこぢんまりとした診療所に、最後に患者が顔を見せた日が思い出せなかったのだ。一週間前?いや、先月のカレンダーを破る時に「最近お暇そうですね」と看護師のメアリーに嫌味を言われた記憶はある。そう!記憶がある!!!私の灰色の脳細胞が機能していないわけじゃない。本当に患者が来ていないのだ!ワトソン博士は引き出しから双眼鏡を取り出すと窓辺に立って町を見下ろした

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短編小説『イーラスパイア事件』

短編小説『イーラスパイア事件』

探偵事務所には冒頭謎めいた良い女が来る、と相場は決まっているはずなのだが、俺の探偵事務所にはオープン早々肥ったなりのむさ苦しい男がやってきた。
脂っこそうな匂いが漂って来そうな割に、案外フローラルな香りがしてきてる辺りに余計腹が立つ。

「この事件を解決して欲しい」
男は新聞やらファイルやらをテーブルに置いた。
新聞、懐かしい代物だ。思わず匂いを嗅ぐ。紙とインク、悪くない。親父を思い出す。
新聞の

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極短編小説『日常』

A.気温はそれほど高くない日だったが、雨季特有のまとわりつくような湿気がどうも嫌な汗をかかせる。
張り付いたシャツが気持ち悪い。
こういう日は細かいことに苛立ってしまう。
他人の笑い声、やたら引っ掛かる信号機、湿度で曇る眼鏡、のんびりした歩行者、ぶつかるバッグ。
許容範囲を超えてしまいそうだ。
表面張力の様に、ギリギリで持ち堪えているフラストレーション。
そしてついにその時が来た。
駅のホーム。

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短編小説『ニドネ•オン•ザ•ベッド』

短編小説『ニドネ•オン•ザ•ベッド』

柔らかくて気持ち良い。興奮している。
脳の奥底から何かが溢れ出す。
彼女の潤んだ瞳。
水中から水面に顔を出す時の様に。
モコモコにカットした中高音を徐々に元に戻していく時の様に。
音の解像度が上がる。
その中でアラームの音をより鮮明に掴んだ。
瞼が上がる。

[am 7:00]

アラームを止めて、枕に顔を埋める。昨晩の酒で頭が痛い。
夢の続きが見たい。
もう少し寝かせてくれ。
さっきのは念の為の

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短編小説『メリーゴーランド』

短編小説『メリーゴーランド』

「どうしたの?」
彼は振り返って、心配そうな顔で私を見つめている。
「乗りたくない。」
急激に思い起こされる幼少期の記憶。
「メリーゴーランドだよ?皆好きだ。怖いの?」
彼は無邪気に笑う。その幼さの残る顔に今は嫌悪感を覚えてしまう。
「帰る。」
なんとなく遊園地に足が伸びなかったのは、絶叫マシーンに乗せられるのが嫌だからだと思い込んでいた。
なんで忘れてしまってたんだろう。
「待ってよ」と彼に声が

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短編小説『代理的ファムファタル』

短編小説『代理的ファムファタル』

サークルクラッシャーという者がいるというのは知っていた。
むさくるしい男の魔窟にふらりと現れ、最速で玉座に腰を据える魔性。
有象無象どもは甘い香りに誘われて、我先にと姫君の靴を舐めに行くが、ある者は顎をしたたか蹴り上げられ、またある者は同士討ちして塵になっていった。こうして、我がミステリー研究会は終焉を迎えた。
何故俺がこうして語り部を担える、言わば無傷の状態でいられるかと言えば、それは俺が同性愛

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短編小説『高所恐怖症』

短編小説『高所恐怖症』

少女は脚立の上で震えながら、僕を見つめていた。
「多くの人が勘違いしているんだが、」
声のする方を見ると教授だった。
教授は少女を脚立から大事そうに抱え上げて地面に下ろす。
「こういった日常生活で使う程度の高さのものでも恐怖を感じるのが、高所恐怖症だ。」
少女は未だに落ち着かない様子で震えている。
「続きは部屋で話そう。」

少女はふかふかのソファーの端でその小さい体を沈めて、未だ落ち着かなげに膝

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短編小説『公園でおしゃべり』

短編小説『公園でおしゃべり』

「何読んでるの?」
「これ」
「花言葉辞典?珍しいじゃんそんなの」
「拾ったのよ、このベンチで」
「へー、忘れ物かね」
「第一回!花言葉クーイズ!!」
「おぉ、そういえば回と度はどうやって使い分けるでしょう?」
「え、なんだろ…仏の顔も三度までとか言うよな…あれ?クイズ始めたのお前だっけ?」
「はよ答えろよ」
「いや分からんわ」
「正解は、次回を期待している時が回、もうここまでって思ってる時が度で

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