
2023-24シーズンのトレード・デッドラインを振り返って
今年のトレード・デッドラインはもの静かで、ケヴィン・デュラントやラッセル・ウェストブルック等のブロックバスターがあった去年と比べたらもの足りないと感じたかもしれません。それもそのはずで、今年はオールスター級の選手のトレードはなく、大きなトレードと言えば、サラリーが$20M以上のトレードがふたつあっただけでした(ゴードン・ヘイワードとボーヤン・ボグダノヴィッチのトレード)。1巡目指名権のトレードも去年の7つから4つに減り、トレードされた2巡目指名権は去年の36から20にまで5割近くも減っています。
ただでさえNBAのトレード・デッドラインはNFLのスーパーボウル・ウィークと重なっています。これでは盛り上がらないのも無理はありません。
大きな動きがなかった理由のひとつに、優勝候補や買い手のアセットが限られていた事があげられます。ナゲッツ、ヒート、バックス、ウルヴス、マーヴェリックス、サンズ、クリッパーズ、キャヴァリアーズ、レイカーズには大きなトレードをするような多くの1巡目指名権がなく、リーグの1/3近くがアセット不足に陥っていた事になります。サンズに限ってはロールプレーヤー獲得のためにスワップのスワップをするしかありませんでした。
そのため、売り手だったホークスやブルズはシーズン終わりまで待った方がリターンが増える見込みが出てきていました。例えば、レイカーズはデッドライン前は1巡目指名権が1つしか出せませんでしたが、ドラフトになれば2~3つを出せるようになります。単純に24年と31年の1巡目指名権が解放されるので、売り手としては待った方がビッグリターンを期待できるトレードが増える事になります。
また、夏にFAになる選手を抱えているチームも売り手に含まれると思いますが、アセット不足が彼らの動きにも影響を与えていたようにも見えました。ラプターズのブルース・ブラウンとゲーリー・トレント、ウィザーズのタイアス・ジョーンズとデロン・ライトがこれに当てはまります。彼らがそれらの選手をキープしたのは、夏まで待ってサイン&トレードする方がリターンが増えると考えたり、未来のトレードに入れるパッケージのために再契約する狙いがあると思われます。
結局、契約が今年までの選手でリターンを確保できたのはバディー・ヒールドをトレードしたペイサーズ、ロイス・オニールを出したネッツ、ゴードン・ヘイワードがいたホーネッツ、ケリー・オリニクを売り抜けたジャズあたりですが、この中で1巡目指名権を得られたのはジャズだけでした。ジャズが戦力を削ってアセット獲得に動いたのは、サンダーに渡していたトップ10プロテクションがかかった今年の指名権をキープしに行ったと見る人が多かったです(オールスター休暇前、ロケッツと同率10位です)。
今年のトレードが大人しかったふたつ目の理由として、デッドライン前にOG・アヌノビー、パスカル・シアカム、テリー・ロジアーのような大きなトレードが終わっていたからだと言われています。確かにこの3人のトレードがデッドラインにあったらもっと盛り上りを見せていたのは間違いありません。
🏀サンダーがホーネッツのゴードン・ヘイワードをトレ・マンで獲得
— NBAレポーター (@NBA_Reporterjp) February 9, 2024
サンダー獲得
・ゴードン・ヘイワード
ホーネッツ獲得
・トレ・マン
・ダヴィス・バータンス
・ヴァシリイェ・ミチッチ
・指名権… pic.twitter.com/mwFQ1Pm8Rx
そんなアセットの供給が少ない中、アセットの使い方にも変化が出てきていて、サンダーとサンズは両極端な対照的な使い方をしていました。両方とも今までにないようなちょっと変わった使い方なので紹介します。
サンダーのアセット・インベストメント
サンダーはマーヴェリックスと2028年の1巡目のスワップをした見返りに、マーヴェリックスに2024年の1巡目指名権をあげています。ちょっと意味がわからないかもしれませんが、それは読んだ意味その通りです。サンダーは未来の1巡目指名権のスワップをしただけで、今年の1巡目指名権をあげてしまったのです。
これは一見ただで2024年の1巡目を他チームにあげたように見えますが、実は未来を見据えたアセット・マネジメントになっています。
サンダーは好調でウェストで2位につけていますが、アセット状況は困った事になっていて、なんと2024年の1巡目指名権が4つもありました。①ロケッツの1巡目指名権(トップ4プロテクション)、②ジャズの1巡目指名権(トップ10プロテクション)、③クリッパーズの1巡目指名権、そして④自分たちの1巡目指名権です。上から下まで不作と評価されているドラフトにしては流石に多過ぎです。
そのため、サンダーはその4つの内の2番目に低い順位の指名権をマーヴェリックスに渡し(2/15時点で26位)、その変わりに2028年のドラフトで順位をあげる可能性を取る判断をしました。
2028年のマーヴェリックスにはプライムのルカがいると予想されますが、チーム自体がどうなっているかわかりませんし、これから成長していくサンダーの方がマヴスよりも強い可能性の方が高そうです。ひょっとしたら2028年はサンダーの20位後半とマブスの15位のスワップになるかもしれません。
また、2028年にはSGA、ホルムグレン、ジェイレン・ウィリアムズの大型契約延長(2つはマックスが確実?)がキャップシートの計算に入って来るので、ルーキースケールで安く取れるルーキーはキャップマネジメントの観点からも重要です。
サンダーにとっては2024年の1巡目指名権を投資して、2028年に1巡目の順位をあげるのは理にかなっています。無理して1巡目指名権を散財せずに、それを未来に投資していたのはサム・プレスティーらしくもあります。サンダーには来年~2030年にかけて1巡目が12こもあるので、今後もこのような投資的な使い方を増やしていくのかもしれません。
プレスティーは昨年のフリーエージェンシーでもアセットの錬金術を見せていました。まさにアセットの魔術師です⬇️
アセットの搾り取り
おもしろいのはサンズが3チーム・トレードでネッツからロイス・オニールを獲得するためにグリズリーズに渡した2026年の1巡目指名権のスワップです。
この指名権はすでにサンズ、マジック、ウィザーズの間でスワップがかけられているため、今回のグリズリーズとのスワップは『スワップのスワップ』になります。要するに、グリズリーズがこれを受け取るためには、サンズ、マジック、ウィザーズよりも良い成績で終える必要があります。2年後はKDにも衰えがあると思われ、まだまだ主力のジャ・モラント、JJJ、デズモンド・ベインがプライムのグリズリーズにとっては十分に現実的な範囲内だと思われます。
サンズはケヴィン・デュラントとブラッドリー・ビールのトレードで、すべての1巡目指名権とスワップをしてしまっていて、ひねり出せる唯一の1巡目がスワップのスワップでした。これはアセットやトレードが限られているセカンドエプロン超えチームの新しい指名権の使い方だと思います。サンズは来シーズンもセカンド・エプロン超え確実で、2032年の1巡目指名権が凍結されてしまい、トレードで使えなくなってしまいます。しかし、その限られたアセットの中から戦力強化に動かなくてはなりません。今後スワップのスワップのスワップで2巡目指名権獲得など、今までに見たことがない指名権の使い方を捻りだしてきそうです。
🏀ロイス・オニール、デヴィッド・ロディーが3チーム・トレードでサンズにトレードされた
— NBAレポーター (@NBA_Reporterjp) February 9, 2024
サンズ、ネッツ、グリズリーズがトレード。
サンズ獲得
・ロイス・オニール
・デヴィッド・ロディー
ネッツ獲得
・ケイタ・ベイツ=ディオップ
・ジョーダン・グッドウィン… pic.twitter.com/tYNJzPPOfV
このように堅実なアセット運用をしたサンダーと、アグレッシブに少しでもアセットを使い倒そうとしているサンズが対照的で、彼らが追い求める成功のあり方を象徴しているようにも見えます。サンダーは着実な成長と安定性を追い求め、サンズは優勝という究極の目標に賭けていて、これらの異なるアプローチはそれぞれのチームがいるステージを反映していると言ってもいいでしょう。
トレード・エクセプションのリサイクル
実質ハードキャップ的な機能をするエプロン・システムの導入で、ファースト・エプロンを超えているチームはトレード・エクセプション(TE)を使えなくなります。しかし、エプロンを超えていないチームにとっては、TEを繰り越して使う事によって戦力強化できるため、かなり使えるアイテムになります。
それをうまくやっていたのがネッツです。
彼らはラプターズとのトレードでスペンサー・ディンウィディーをデニス・シュルーダーとサデアス・ヤングに変えた時、$12.4Mのシュルーダーを切れる寸前だったケヴィン・デュラントのトレードでつくった$18.1MのTEに入れて、$8Mのヤングを$9.5Mのロイス・オニールをトレードした時につくったTEに入れて処理しています。そのため、あたらしくディンウィディーの$20.2MがTEになり、結果的にデュラントのTEがディンウィディーのTEに繰り越された感じになります。The Athleticのジョン・ホリンジャーはこれを「TEのリサイクリング」と呼んでいます。
これでネッツはフリーエージェンシーで$12.8MのフルMLE以上をオファーする事ができます。
ちなみにネッツにはまだジョー・ハリスのトレードでつくった$19.9MのTEとパティー・ミルズをロケッツにトレードした時につくった$6.8MのTEがあるので、またDFSや契約が切れるベン・シモンズをトレードしてTEをリサイクリングして行く事も考えられます。
またグリズリーズもロケッツとのトレードで、ジャ・モラントのケガで得た$12.5MのDPEでヴィクター・オラディポのサラリーを吸収しています。そのためトレードに出したスティーヴン・アダムスの$12.6MがあたらしいTEになりました。このTEはフルMLEとほぼ同じなので、グリズリーズは実質的に2つのMLEを持つ事になります。来季はこれを使いつつ、ルーク・ケナードのトレードでリサイクルして行く事ができます。
ウェイブ
また、今年の特徴としては、トレードされてからウェイブされた選手が多かったように思います。私が見ただけでもデッドラインでトレードされた46人の選手の内、14人もウェイブされています。1/3近くがサラリーマッチとして使われて、チームには必要なかった事になります。プロバスケットボール選手の悲しいところですね。これからウェイブされるであろうマーカス・モリスやすでにトレードされていたラウリー、ヴィクター・オラディポをいれると17人になります(*2/16時点)。
ちなみに今シーズンNBA史上最長連敗を記録したピストンズは2対4や1対2のトレードをしたため、5人もウェイブしています。
ジョー・ハリス
キリアン・ヘイズ
ダニロ・ガリナリ
ライアン・アーチディアコノ
ダヌエル・ハウス
キャップ好きのためのおもしろ情報
ウルブスはデッドラインでピストンズにトロイ・ブラウン($4M)とシェイク・ミルトン($5M)を出して$9.8Mのモンテ・モリスを獲得しました。これでウルブスのキャップシートはタックスまであと$1.56Mになりました。ロスターは13人しかいませんが、このままやりくりしていけばタックスは回避できそうです。ただし、それは優勝しない事が条件です。
どういう事かと言うと、マイク・コンリーには優勝すれば$1.5Mをもらえるというアンライクリー・ボーナスがあり、優勝してしまうとそれがキャップシートに載ってきてしまい、タックスをわずかに超えてしまいます。
そうなると、ウルブスのオーナーは今年のタックス分配金の$9Mを失うばかりでなく、タックスまで払わなくてはいけなくなり、失った分配金とタックスを合わせるとおよそ$11Mを損する事になります。優勝するコストだと思えば問題ない数字かもしれません。ただ、今シーズンにタックスに突入してしまうと、来シーズン以降入ってくるKATとアントのスーパーマックスでリピータータックスの足音が近づいてきてしまいます。という事は、2025-26シーズンでゴベアーやKATをどうするべきかの話題がやってくる事を意味します。
ラストチャンス
最後にキャッシュを使ったトレードについて紹介します。
新CBAで、来シーズンからセカンド・エプロンチームがキャッシュをトレードで使う事が禁止されました。金持ちチームがキャッシュをトレードに使えるのはこのデッドラインが最後になります。
そのため、セカンド・エプロン超えのウォリアーズ(コリー・ジョセフをキャッシュでトレードして2巡目指名権獲得)、セルティクス(ブレイザーズにダラノ・バントンをキャッシュでトレードして2巡目指名権獲得)、バックス(ロビン・ロペスとキャッシュでディミトリオス・アグラヴァニスのドラフト権獲得)、クリッパーズ(ナゲッツからキャッシュでイスマエル・カマゲイテのドラフト権獲得)がトレードでキャッシュを使いました。
今回のデッドラインでキャッシュが含まれるトレードのほぼ全てはセカンド・エプロンのチームのトレードでした。今の内に少しでもキャッシュでアセットを確保しておこうとしているのがわかりますね。
今回のデッドラインでは派手な動きがなかったため、アセットやTEの使い方の方に目が行ってしまい、ちょっとオタク的な内容になってしいましたが、いかがでしたでしょうか。これはこれでありだとも思いますが、NBAはやはりスターの移籍のようなドラマがあった方が盛り上がります。より高いリターンを見越してトレードに動かなかったホークスやブルズなどのチームのオフシーズンはすでにはじまっています。彼らは夏のトレード市場でどうでるのでしょうか。新たな買い手や不満を持つスター選手が現れるのでしょうか。はやくも来季が待ち遠しくあります。