"Good or Great?" ―シカゴの英雄が語った人生の選択―
薄暮に包まれたユナイテッド・センター。シカゴ・ブルズの本拠地に、特別な空気が満ちていた。かつてこのコートで、史上最年少MVPとして輝きを放ったデリック・ローズ。その引退セレモニーの場で、彼は息子PJへの問いかけから、特別なメッセージを紡ぎ出した。
"You wanna be good, or great?"
シンプルでありながら、深い余韻を残すこの問いかけ。ローズは穏やかな表情で、その真意を語り始めた。
「これは私の小さな策略だったんです。バスケットボールに限定して『良い選手か、偉大な選手か』と聞くこともできた。でも、あえて広い意味で投げかけました。なぜって?人生のすべての場面で、その答えに責任を持ってもらいたかったから」
2008年のドラフト1巡目1位指名から始まったブルズでの旅路。2011年には22歳でMVPを受賞し、マイケル・ジョーダン以来の黄金期の到来を予感させた。しかし、その後の度重なる怪我との闘いは、彼に別の種類の「greatness」を教えることとなる。
復帰を諦めないメンタリティ、逆境の中でも前を向き続ける強さ。それは若き日のスーパースターとは異なる、新たな輝きを彼にもたらした。
「偉大であることは、時として孤独な道かもしれません。誰かに嫌われることだってある。でも、その中で自分の選択に揺るぎない自信を持ち続ける勇気―それこそが大切なんです」
今では、この親子の問いかけは家族の中での特別な絆となっているという。「子どもたちや兄弟たちが、私がどこかで手を抜いているのを見つけると、『パパ、'good'でいいの?'great'じゃないの?』って。その言葉が、私の心に響くんです」
そして今、ローズは新たな章を開こうとしている。
「これは『古いプー』の最後の姿です」
この言葉に、会場全体が息を呑んだ。「プー」は祖母が付けた愛称で、バスケットボール選手としてのデリック・ローズを象徴する呼び名。その「プー」との別れを告げることで、彼は新たな人生の扉を開くことを宣言したのだ。
「今、皆さんの目の前にいるのは、新しい私。ビジネスマンとしての第一歩を踏み出す私です」
その瞬間、会場は大きな拍手に包まれた。それは単なる別れを惜しむ拍手ではない。新たな挑戦へと向かうローズへの、シカゴの街全体からの応援の意思表示だった。
引退セレモニーの締めくくりで、ローズは感慨深げに語った。「シカゴよ、君は私に偉大さを求め続けてくれた。実は私も、ずっとその偉大さを追い求めていた。ただ、それを育んでくれる環境の中にいることに、気づいていなかっただけなんだ」
かつて、シカゴの街を沸かせた天才は、今や次世代のメンターとして新たな一歩を踏み出す。その姿は、まさに彼が語る「greatness」の体現といえるだろう。
"Good or Great?"―その選択は、決して一瞬の判断ではない。それは人生という長い旅路の中で、日々問い続けるべき永遠の命題なのかもしれない。デリック・ローズは、その深遠な問いを、次世代への贈り物として残したのだ。