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読んでない本について堂々と語る方法 〜「本を読んでいる/読んでいない」とはどういう状態か 〜
読んでない本について堂々と語る方法 〜「本を読んでいる/読んでいない」とはどういう状態か 〜
読んでいない本について語るのは、一見すると後ろめたさを伴う行為である。しかしそもそも「読む」という行為自体が多義的であり、その境界は曖昧である。たとえば日本では文部科学省が毎年「国民読書実態調査」のようなデータを公表しているが、2019年の調査結果では、「月に1冊も本を読まない」と回答した人が約47%に及んだ。一方で、「少しでもページを開いたら『読んだ』に含める」などの基準を設けると、回答が一気に増えるため、読書の定義の仕方で数字が大きく変わることも知られている。
こうした曖昧さにもかかわらず、多くの人は「ちゃんと読まなければ本について語ってはならない」という暗黙の規範に縛られることが多い。代表的な3つの規範がある。
読書義務:重要な本は読むべき、読まないことは許されない。
通読義務:本は最初から最後まで丁寧に通読しなければならない。
正確に語る義務:本を語るなら、その内容をしっかり把握していなければならない。
これらの規範は多くの人が抱える「読まなければ」というやましさを生む原因となる。実際には本を一切読まずともタイトルや著者名だけを聞いたことがある人は多く、著名な海外文学や古典など、「読んでいないけれど内容をなんとなく知っている」ケースは珍しくない。それなのに、語ること自体に抵抗を感じるのは、こうした規範の存在が根深いからである。
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「読んだ」とされる状態の多様性
「読んだ」という行為には非常に多様な形態が存在する。ある人は熟読し、注釈や感想をノートにまとめるような読み方をするが、またある人は一章だけをざっと読み、あとは飛ばし読みをする。オンライン書籍やSNSの普及が進んだ昨今では、「抜粋された要点だけを拾った」というケースも増えた。
たとえばアメリカの調査会社Pew Research Centerが2020年に行った読書行動の調査によれば、18〜34歳の若年層の約30%が「一部を斜め読みして内容を把握する」ことを日常的に行っているという。さらにSNSやYouTubeなどでの要約動画を活用する読書スタイルも加わり、「本を全編読み通したわけではないが、一部の知識を持っている」という状態は以前よりも一般的なものになった。
大切なのは、どのような「読み方」を選んだとしても、人が本から受け取るインパクトには差が生じるという点である。部分的な知識でも、他の本や自分の過去の読書体験、あるいは自身の経験を組み合わせていけば、「本をきちんと読んだ」人と同じくらい、あるいはそれ以上に豊富なアイデアを生み出せる場合すらある。
「読んでいない本」について語る具体的シチュエーション
では実際に「読んでいない本」を語る場面はどこにあるのか。たとえばビジネスシーンでは、会議で特定の論文や専門書について意見を求められることがある。すべてに目を通す時間がない中で、主要なポイントだけをインターネットの記事や要約サイトで確認し、「未読だが自分の専門分野から見た分析を述べる」ケースも少なくない。
学術研究の場でも、同様のことが起こる。自分の専門と近しいテーマの文献が増大し続ける中で、論文のタイトルやアブストラクトをざっと見ただけで議論に参加する研究者は多い。著者名や刊行年、ジャーナル名などの外部情報は把握しているが、全文を細部まで理解しているわけではない。にもかかわらず、議論は成り立ち、そこから新たな知見が生まれることもある。
またSNSやオンラインコミュニティは、よりライトな形で「読んでいない本」について語る場となっている。友人や有名人がSNS上で話題にした書籍をタイトルだけ知っている状態でコメントをするケースは多い。内容をざっくり把握しているだけでも、会話が盛り上がることは珍しくない。ただし、このとき誤解や誇張が混じりやすいリスクもある。
読んでいない本を語る際の注意と心構え
「読んでいない本」について語る際は、まず誇張や誤解を広めないように配慮する必要がある。無意識的に自分の理解や想像で内容を補ってしまい、あたかも事実であるかのように話してしまうリスクが高い。ビジネス上であれば、誤った情報が流布すると意思決定のミスを誘発する可能性があるため注意が必要だ。
しかし逆に言えば、正確性を過度に恐れてしまうと、「語ること自体」を放棄することになりかねない。本を丸ごと通読していなくても、著者の経歴や同ジャンルの他作品との関連性など、いわゆるメタ情報を押さえていれば、有意義なコメントが可能である。たとえば経営書であれば、著者の出身大学、企業での実務経験、発行部数など、外部情報を組み合わせるだけでも、その本がどの領域でどんな位置づけをもつかを大まかに推定できる。
また読書家が集まるコミュニティでこそ、一部を未読のまま発言しても得られるものは大きい。自分が知らない箇所を率直に質問する姿勢を示せば、他の参加者が補足情報を提供してくれるなど、建設的な議論へと発展する場合がある。むしろ「完璧に読んだからこそ見落とす部分」を、未読ゆえに見つけられるメリットも存在する。
「未読トーク」を創造性に活かす方法
読んでいない本について語る状況は、ややもすると否定的に捉えられがちだ。しかし視点を変えれば、そこには創造的な発想を生む契機が隠されている。特定の本の一部情報だけをトリガーとして、自分の専門知識や過去の経験を掛け合わせることで、新たなアイデアが形成されることもある。
たとえばビジネスの新規プロジェクトを検討する際、「実際には読んでいないが話題になっているテック関連の海外文献」を題材に議論を始めれば、相手にとってはおなじみの技術や事例が飛び出してくるかもしれない。そこに自分のバックグラウンド(経営学や統計学の知識など)を融合すると、まったく新しい企画や製品アイデアが浮かぶ可能性がある。
筆者自身もMBAホルダーとして、事業戦略や組織マネジメントの書籍を日々チェックするが、全てを完璧に読み込むのは時間的に不可能である。それでも主要なテーマや著者の意図をつかむことで、十分に議論が成立する。むしろ浅く広く情報を取り入れることで、思わぬ分野との結びつきを見出しやすくなるのだ。
読書の定義は多義的であり、「未読」も絶対的な状態ではない
読んでいない本でも外部情報を押さえれば有益なコメントが可能
未読ゆえの客観視点が、創造的アイデアを引き出す要因となることも
まとめ
読書をめぐる定義は曖昧であり、「読んだ」「読んでいない」は単純に区分できない。
読んでいない本を語るときは正確性を保ちつつ、メタ情報を活用して有益な議論を目指す。
むしろ未読であることが新たな視点をもたらし、創造性を刺激する可能性が高い。
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