ギブ&ブーメラン
自分の価値観、考え方の一つに、
「ギブ」したことに対して「テイク」される事はほぼ無いと思っています。
「ギブアンドテイク」という言葉がありますが、
これって「ギブ」をする時点で見返りを求めていることかなと考えていて、
それってそもそも「ギブ」なのか?!って考えさせられたりします。
言葉自体に矛盾があるのでは無いのかと小一時間考えさせられます。
「ギブ」するという言葉を少し分解すると、
「ギブ」とは「与える」という意味で、その言葉の中には
「●さんが▲さんに■を与える」という要素が含まれます。
つまり、与える対象がいて、対象が持っていない何かを与えることで、
初めて与えるという行為が成立するという複数の条件が存在しています。
という事は、「ギブ」とは与える側の価値ベースではなく、
受け取る側の「それ欲しかったんやわ、ありがとう!」っていう
需要と供給がマッチした時に生まれる言葉なのかなと考えます。
そう考えると、「ギブ」するって
それ自体が相当難しい事なんじゃないかなとも考えられ、
仮に「テイク」するならよりもっと難しい事なのでは無いかと思います。
結論、私の考え方としては、
一切の見返りを求めないスタンスというより、たまに返ってくる
ないし思いも寄らない方向性から帰ってくる可能性を考えて、
ブーメランのようなものなのかなと考えています。
そう考えると、返ってくるとラッキー、
返ってこなくても後々どっかでええことあるやろと捉えられます。
「この人にこんなに与えたのに何も返ってこない」と考えて
脳のメモリを消費するより、「どっかでええことあるやろ」
という前向きな気持ちになれるのかなと。
常に「ギバー」でいることも大変重要な価値観だと思いますが、
たまには気楽に「ブーメラン」という価値観を持って置くと、
「与える」こともあまり気兼ねすることなくできるのかなと。
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