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いとおかし13 茶碗屋敷
茶碗屋敷
世の中の巡り合わせを「縁」といいます。この世では、戦争や災害、犯罪に事故と、遇いたくない「縁」もあります。しかし、中にはこんな多くの偶然が重なるとは、というお話もあります。フィクションなのかノンフィクションなのかそれもさだかではないのですが、今の世相の中ではこういうどちらともとれるお話は、読み手に委ねられるので面白いかと。
大御所時代
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その昔、東京が未だ江戸といわれていたころ。大名には、参勤交代という幕府の定めがございましたから、全国各地の各藩諸家は、江戸に屋敷をかまえまして、藩主家来の逗留にそなえておりました。これは城や街道整備、そして橋や寺社仏閣の修理などが、必然となり、大名もちでインフラの整備がすすむという政策でもありました。
その往復に、旅費が街道筋に落ちます。また、示威としての体裁を整えるには多くの人足と馬も要ります。これもまた、民間に需要を与えて経済を活性化することとなっておりました。
しかし、将軍家斉が大御所となった頃、商品経済が地域農村にまで浸透します。今でいう税金は、江戸当初から「石高制」といって、米の生産高で土地の価値をはかり、その石高から税金の割合を決めるという仕組みでしたが、その米を売買して金銭に代えなければ他の物を購入できないのですから、米=金とはなりません。その矛盾がはっきりと表立ってきたのが、元禄時代。将軍吉宗の改革から、寛政の改革をへて緊縮財政をとりましたが、とても追いつかない。次第に幕府も藩も財政難に陥って武家自体が困窮していくことになったわけです。
米をいったん金銭に換えると、貨幣経済が発達する。商業が世の中心となります。農村も米だけではなく、商品になる作物を作る方がうんと収入になります。しかしこっちは、堆肥などの先行投資がないと成立しません。天候によってはつっこんだ資金が回収できないことも起きます。結果農村部では「つぶれ」といって、土地を失い小作になったり小作でももたなくなり、流浪して都市に流入する難民が、治安の悪化をもたらすという問題もおきておりました。
この時期、幕政の中心になったのが、吉宗公とともに紀州から江戸入りをした田沼家の田沼意次。田沼は毀誉褒貶が激しい人物ですが、「株仲間」をつくって商人を統制し、運上金として税金をとるという政策を初めてとった人物で、幕政は一時立ち直ります。さらに、ロシアやイギリス、アメリカなどが日本へのアプローチを始めた時代で、田沼は「開国」まで視野に入れて北海道開発まで思案していたようです。ただし、放漫な施策も多く、また賄賂も横行して、武士役人のモラルも低下したのでした。
このように、田沼没後の文化文政の時代においては、経済格差がますます拡大し百姓町人にはつぶれる家も多く、一揆屋打ち壊しがおきてきます。しかしその一方で、蓄積された富は出版や芸能に向い、江戸文化に花が咲いた時代となったのです。このように商人の存在が社会において欠かせなくなった時代においては、多くの人々の価値観もまた、道徳倫理と金銭価値の狭間で揺れ動くこととなります。
木仏のご縁
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さて、その頃のお話。
肥後細川藩の一人の足軽が、江戸詰めとなりました。足軽は準武士で身分は低いのですが、武芸や諸色の技能など一芸あるものも多く、下級官僚として採用するものもあったとか。くだんの足軽、江戸詰めを仰せつかるほどですから人に秀でたところがあったのでしょう。
さて、江戸に出て足軽屋敷に入りますと、一人暮らしで家財は質素なもの。けれども、信心の厚い家に生まれ育ったので、江戸でも朝夕の看経(かんぎん=お経を読むこと)はかかせません。そこで、なにか手を合せる本尊さまを据え置きたいと、思案していますと、表を古道具屋がとおる・
「古金・古道具はいらんかねー、古金・古道具はいりませんか」と古道具屋がとおった。ふと見れば、大八車に道具を乗せて引いて居る。その荷車の上に、古びた木仏がある。
「おおこれは、仏縁であろう」と足軽、この仏像を200文で買いいれて、香華を供えたのですが、古物ゆえに、汚れが目立ちます。「これは、あまりにももったいない」と、せめてきれいにしてさしあげて、お厨子とはいかなくてもせめて箱にでもおさめてと、木仏を仏具屋へもっていきました。
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