いとおかし1 真壁平四郎 

お話「どっこい真壁の平四郎」


 その昔、800年ほど前、今の茨城県の桜川市にあたるところに、真壁(まかべ)というところがありました。その土地の殿様サムライが真壁といい、その家来に平四郎という男がありました。
 
 ある雪の降る朝、真壁の若殿が雪見の宴を催して、ごきげんで館へ戻ろうとしておりました。平四郎は主人のはきものに雪でもこまらぬように草履ではなく足駄という下駄を用意しました。
「おや。今日は大変冷えていて足駄が冷たいな。これでは主人が寒かろう」と思い立ち、平四郎はそれを懐に入れて暖めておきました。やがて若殿がやってきて足駄を履きますと、ほんのりと暖かい、すると若殿、
「こら、平四郎。貴様、寒かったのでこの足駄に腰をおろしていたな。この不調法ものめ。お前が尻にしいたものなど履けるか!」と、腹を立て怒りにまかせて足駄を蹴り上げました。その拍子に足駄が飛び、平四郎の眉間に当たり、平四郎は衝撃で気を失ってしまいました。
 
 しばらくしてはっと気が付くと、雪が真っ赤に染まっております。平四郎のおでこが割れて出血していたのです。
「ああなんと悲しいことじゃ。一生懸命この家に仕え、あの若殿は生まれたころからずっと見守ってきたのに。人の心は他人にはわかってもらえぬものじゃなあ」と悲しんだ平四郎、お仕えするのに嫌気がさして、そのまま屋敷をでて真壁からいなくなってしまったのです。

禅僧・法身性西

 それから40年たちました。真壁の若殿も50歳をこえ、今はりっぱな地頭、お殿様となりました。すると執権の北条泰時さまから依頼され、仙台松島の荒れたお寺を立て直してのちの松島・瑞巌寺としたと名の残る、性西という有名なお坊さんが、真壁に来られたということがわかりました。なんでも80歳を超えて、どうしてもとやってこられたようなのです。
 
そこで、お殿様はさっそく坊さんをお館に呼ばれ、もてなそうといたしました。やってきた老僧、さすがに立ち居振る舞いも見事で、修行を積んだお方であるとすぐわかりました。ご挨拶が済みまして、顔を合わせますと、お坊さんの額に大きな傷がありました。
「ははあ、禅の名僧と言われるお方であるが、きっと元は名のあるモノノフであったに違いない。一つその昔話でも聞かせてもらおう」と思った殿様、
「そのおでこの傷には何か子細がありましょう。いずこの戦場で得られたものでございましょうか。」と話しかけたのです。
 すると、お坊さんは満面の笑みをたたえて、
「その話をいたす前に、殿に差し上げたい土産物がございます」
と錦の袋を取り出しました。

 

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