夜の虫たちは「光に集まっているつもりはなかった」と判明!
「飛んで火に入る夏の虫」のことわざにみられるように、私たち人類は太古の時代から虫が光の周りに集まっていることを知っていました。
文献上の最古の記述は紀元1世紀のローマ帝国時代のものとなっていますが、おそらく現象自体はもっと古くから、それこそ人類が火を使うようになった頃から知られていたことでしょう。
ですが意外にも夜に虫たちが光を目指す「理由」は未解決のままでした。
有力な仮説はいくつも存在しましたが、どの仮説も実際の昆虫の動きと矛盾するものばかりだったからです。
たとえば有名な説に「虫には光に向かって真っすぐ飛ぶ性質があるから」とするものがありますが、実際の虫の動きを観察すると、虫たちは近場の光源に対して「突撃」するのではなく、むしろ直交するように飛ぶことがわかっています。
しかし英国のインペリアル・カレッジ・ロンドン(ICL)で行われた研究により、虫が光の周りに集まる本当の仕組みが提唱されました。
ナゾロジーでは以前、この問題の答えとなる画期的な研究について、プレプリントサーバーである『bioRxiv』にて先行公開された論文をもとに紹介しましたが、2024年1月30日に『Nature Communications』にて正式発表されることになりました。
どんな雑学王も知らなかった、その驚きの理論とは、いったいどんなものだったのでしょうか?
元論文
ライター:川勝 康弘(Yasuhiro Kawakatsu)
ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
虫は光に引き寄せられているのではない
多くの人々にとって、街灯や勉強机の明かりに虫たちが集まっている風景は身近なものでしょう。
夏場のコンビニの軒先など設置されている害虫駆除装置も光に誘引される虫たちの性質を利用したものであり、近づいてくる虫たちに「バチッ」という音とともに電撃を与え感電死させるものとなっています。
ただなぜ虫たちが光に集まるのか、その根源的な理由については謎となっていました。
これまでの研究では①~④の4つの有名な説が提唱されています。
①「虫には光に向かって飛ぶ走性があるとする説」は最も有名です。
しかし虫たちの動きを詳しく調べると、必ずしも光に向かって直進するわけではなく、むしろ光の周りをグルグルまわることが多いことがわかってきます。
今回の研究でもその事実が確かめられており、虫たちは上の図のように光源に「突撃」しているわけではないことがわかります。
②「昆虫が光を月をコンパスとして利用しているが人工灯によって混乱するとする説」も多くの人々によって支持されていますが、今回の研究ではこの説も否定されることになりました。
この説が正しいならば、昆虫には進行方向を維持するために、自分と光源の位置関係を一定に維持し、常に体の左右のどちらかを光に向けるように動くハズです。
しかし今回の研究では上の図のように、虫たちは光源の位置を切り替えだけで容易に体の反対側を光に向けて周回するようになりました。
この結果は、虫たちは自分と光源の位置関係(左右)について、特に拘りがないことを示しており、光源をコンパスにしているわけではないことを示しています。
また後述するように虫たちは光源の上を飛行中に失速や反転することが判明しますが、これらの現象も「光源コンパス説」では説明できません。
③「光源からの熱放射が虫たちを惹き付けているとする説」にかんしても、虫たちは別に暖かい場所に引き寄せられているわけではないことが解っています。
④「夜間適応した虫にとって人工光源は眩しすぎて混乱したとする説」もよく唱えられていますが、これでは虫たちが光の周りを器用にグルグル周回するような動きが説明できません。
なぜ多くの説が立てられているのに、決定的な答えが得られないのでしょうか?
インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者たちは、その原因が運動学的データの欠如にあると考えていました。
どの説もそれなりの予想をもとに組み立てられてはいるものの、光源近くで虫たちのリアルタイムの動きの変化について調べた研究はありませんでした。
そこで研究者たちは素早い虫の動きに追随するためのハイスピードカメラとトラッキングソフトウェアを用意し、人工光源に接近した虫たちに何が起こるかを調べてみました。
すると3つの意外な事実が明らかになりました。
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