楳図かずお氏が亡くなった

ちょうど10年前の今頃、20歳になる直前に少女から大人になってゆくのが恐怖でしかなかった。
(この日記を書いたのは2024年11月前半)
''おろち''をすごく読んでいた。
祈りのような気持ちですがった。
亡くなってから吉祥寺駅のホームの朝日新聞(だと思う)の枠に写真とともに見出しが出ていた。
(わたしがこれを見かけたのは1週間後)
この見出しを吉祥寺駅でみるとは、なんか不思議とおもった。

上京してから5年間は吉祥寺に住んでいた。
当初、吉祥寺に住む人々に対してまず衝撃だったのは、それぞれに楳図かずお目撃情報をもっていること。
まだ見かけたことないことを伝えると
みなしめしあわせたかのように 「えー!」
って驚いてくれる。
「まだ見たないなんて逆に珍しいよ」とまで。
はじめてすれ違ったのはサンロード入口。
''あのおじいさん楳図かずおのキャラみたい。楳図作品か、カープ(赤い野球ユニフォームを彷彿させる出で立ちだった)が好きなんだろうな〜''
と思っていた。
すれ違ってから本人だと気付いた。
ええー!と心の中で本当にびっくりして、振り返ったのは私だけでサンロードに、その時いた人々は誰も気にもとめてる様子はなかった。

ついに見かけたことをたぶん色んな人に言った。
(のだとおもう)
でも、みんな楳図かずお氏にすれ違うことに慣れ親しみすぎて、あまり一緒に共感はしてもらえなかった。
(前述の人にこのことを報告すると、そういうリアクションの人みますねと言われる)
ほどなくして、朝のまだ人通りが少ないサンロード脇の小路(通称名あるのかも)でも急に現れたから、わたしがびっくりした顔をした時に思わず目が合ってしまった。

亡くなる報道の10日ほど前、井の頭公園の周辺で暇を持て余していたので、久しぶりにあの有名な楳図氏の家の前を通ってみようかな〜とおもっていた。
(結局いかなかったけど)
ふらふら歩いてた時に、突然テレビで見たことがある外観の家が現れた時ほんとうにびっくりした。

今は2月。
3ヶ月が経って、やっとこの日記を完成できた。

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