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共同マガジンいりえで書く/7月のお題


唐突ですが...
参加している共同マガジン「いりえで書く」の
7月のお題が自己紹介なんです。
(夏休みの宿題ギリギリタイプすぎて7月も終わりだけど滑り込めて安心しています...)
このコミュニティは毎月「お題」に沿って
好きに書くというものです。

共同マガジンを立ち上げてくださった
いりえ書房さんとは 梅屋敷にある葉々社さんの
イベントを通して知り合いました📖´-
いりえ書房さんは神保町で今年2月〜6月まで
間借りで書房をされていました。

わたしは6月に誘ってもらったイベント
「書くこと」に関するお喋り会
に参加したことをきっかけに 共同マガジンへ
参加しています📓



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改めてわたしはなぜならばといいます。
じぶんで作った ぬいぐるみを友人に見せたところ
顔を作っている部分が∵だった為
「なぜならば∵ちゃん」と命名してくれました。

指摘されるまで そういう記号が
あるということも知りませんでした。
その後イベントなどでもそう名乗るようになり
わたしが「なぜならば」と
いつの間にか名乗っていました。

普段じぶんとの対話のような日記を
書いているので 他者への対話形式の文章は
とても緊張します...
では、書き進めていきます✒️🗒

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○「出身地」
奈良県𐂂⋆*



○「幼少期の思い出ひとつ」
こちらのタイトルを「幼少期の1番最初の記憶」だと謎の勘違いをしていました。
とはいえ、これも幼少期の記憶のひとつなので、そのまま書き進めます。

“うさぎ島”と幼い頃呼んでいた島へ
何度か行った記憶が僅かにある。
青い芝生を背景に顔のすぐ前にうさぎと
大人の足の場面/ホテルの前で誰かと
遊んでいたら 祖母から夕食の前後(?)に
「なぜちゃん」と呼ばれる場面が記憶として
残っている部分。

なぜ母が同行せずに わたしだけ行ったのか
この記憶を引き出すのに そこが疑問だったため
事情を含めて母に聞いた。
当時 祖父がこの島で 同窓会をしたらしい。
祖父が戦後まで過ごした場所で 近所だった人々と。
その場所は祖父母ともに過ごした経験があり
わたしは社会で勉強するよりも幼いころから
よく名前を聞いた。
母によるとどうしても最初の「女の子」の孫で
ある 幼いわたしを連れていきたかったとのこと。
母が同行していないのは わたしの祖父である
父と良好な関係ではなかった背景がある。
わたしは感情として負のものは 一切残っていない。
まわりの人が 遊んでくれて穏やかに
楽しかったこと/うさぎがいた記憶しかない。
記憶をとおすことで歴史の先にじぶんが
生まれていること|そしていま生きてること
改めて嫌でも認識する。
そしてうさぎ島と呼ばずに“大久野島”と
いまなら正式な名称で呼びたい。



○好きな作家さんとその理由

江國香織さん/10代の頃〜実家をでるまで貪るようにたくさん読んでいました。
今までで1番読んだ作家さん。
肌をとおしてかんじるようなことばたち、他者と自分との隔たり、食のエッセイがすき。
桜庭一樹さん/中学生の頃はじめてかんじたシスターフッド。
小川洋子さん/どの時代なのか時系列もあまりわからない、散りばめられることばたち。
こだまさん/「おとちん」で知ってから紙ベースではなくブログが更新されるのを楽しみに読んでいました。
▶︎いりえ書房デビューはこだまさんの読書会でした

書き出すとキリがないのてすが
嶽本野ばらさん、田辺聖子さん、桜木紫乃さん、最果タヒさん。
春樹のこと嫌いなのに...なんて思いながら短編や翻訳を持っている不思議。
早く村上春樹さんが好きだと言いたい。

これを書くのに最近特定の作家さん
読んでいないなと気付きました。
作家さんバラバラに読んでいますが
2021年頃から韓国文学がとても好きです。



○どんなジャンルの文章を主に書いているか/書いていきたいと思っているか


noteは日々の記憶(日記)を書き込んでいます。
洋裁技法の縫ってるのか縫ってないのか気配のような運針で縫い止める. .  . . .🪡「ほしどめ」が好きです。
じぶんからこぼれ落ちることば(星)を社会とじぶんを縫い止めて繋ぎ合わせてゆくような作業をしていきたいです。

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