#ドリーム怪談 窓
昨日、榊原夢さんの企画配信で朗読していただいたお話の本文です。
無断転載はご遠慮下さい。
朗読していただいた配信についての詳細は、こちらの記事でどうぞ!
Aさんの友人であるBさんの小さい頃、人の家の窓に顔を貼り付けて覗く子がいた。
その子は、そこを貸してくれた不動産屋の孫で、確か五歳くらい。隣接している家に住んでいる。
一応、間にブロック塀はあるのだが、そちらへ向く窓よりも低い。どうも親が抱っこか何かして、つまり覗ける様に手助けしてるらしかった。
覗かれている側からすれば、曇りガラスとはいえ、いきなり窓に小さな顔がべたり、となる訳だから、心臓に悪い。たまに叩いて来る事もある。
Bさんの両親は共働きで、夜にならないと帰って来ないし、事情を話しても
『気にし過ぎだ』
『子供なんて可愛いもんじゃないか』
『それなら、自分の部屋で勉強しなさい』
などと言うばかりで、全く察してくれなかった。
「見てないから、お気楽なもんですよね。不意にそれに気付かされる事や、誰もきちんと対応してくれない事がどれほど恐ろしいか。
なので、私は家族連れとか見ても、全く笑顔なんか浮かべられません」
そこから引っ越すまでの八年の間、不動産屋の孫は顔を貼り付けて、中を覗こうとし続けた。
雨の時には、黄色いカッパ姿の子供にモザイクがかかった様なものを目撃する事になった。
五歳から八年。最後は中学生だったはずだ。その頃には気持ち悪さもプラスして、最悪な気分だった。
そういう経緯から、Bさんは次第に親とも距離を置く様になった。反抗期というよりは、将来的に自立したくて、中学高校の六年間は、運動部に所属して鍛えもした。
おかげで風邪を引きにくくなった。
大学卒業後、親の反対を無視して、実家から遠く離れた会社に就職した。助けてくれなかった両親などに未練はない。
身元保証人組合というのがあり、親に頼れない立場の人などが手続きの上で利用するのだが、それを使って、部屋を借りた。
ハイツの三階で一人暮らしを始めて数年めの冬。ある休みの日の早朝。
降り出しそうな空模様。Bさんは、今日はのんびりしようと決め、ご飯を済ませると、タブレットで映画を眺めていた。
仕事が忙しくてマークしていなかったけど、これは、映画館で見たかったかも。
そんな事を考えていたら。
びたん。
思いがけない音が、窓の方からした。
もうすっかり忘れかけていたのに、その音だけで、記憶の底から蘇ったそれが、例えるなら、どろり、とした、右目を圧迫する様な重みと不快感をもたらす。
(何……?)
Bさんは過去の経験から、既に、一日中カーテンを閉め、部屋の明かりを点ける生活をしていた。
防犯の意味でもそれは役に立っていたので、おかげで、窓に関する不快な事を忘れられていた。
そして、ここは三階。今、音がしたと思われる方の窓はベランダなどない。
これもその不快な過去のせいで身に付いたものだが、Bさんは自然に息を潜めながら、足音を殺し、窓へ近付いた。
厚手のカーテンの下を見ると、窓側からの影がある。
(空き巣とか変質者がさ、狙いを付けたアパートとかにどんな人が住んでるか下見する為に、部屋の外で音を出すんだって。
だからうかつに窓なんか開けちゃダメよ?)
友人のAさんの注意が脳裏をよぎる。
となると、今出来る事は、スマホで下から窓を写すくらいしかない。
取り出したスマホにそのタイミングで着信があり、危うく取り落としそうになるも、見ると、両親からだった。
『近くに来たんだけど会えない?』
様子を伺う様な、母の声。
(笑わせんな、今、一大事だっていうのに!)
「嫌だ」
そう告げて通話を切ると、インターホンが鳴った。
カメラをチェックすると、顔馴染みの宅配のおじさんがいる。
日常が戻った様な気がして、Bさんは玄関へ向かった。
慌てた様子のBさんを、宅配のおじさんは心配していたが、それだけで十分だった。
「じゃあ、失礼します」
「ありがとうございました」
いつもの挨拶をし、鍵を閉める。中身は注文していた品物だった。
安堵のため息をついて、荷物をひとまず置き、目を閉じながら、ソファに深々と身体を預ける。
べちゃ。
生暖かい粘着質な感触。
同時に、途方もない悪臭が胸元から込み上げて来るのに仰天し、見やったBさんの視界に入ったのは、モザイクのかかった様なブレた顔を押し付けて来る、白い雨合羽を羽織った学生服姿の、何かだった。
『多分笑ってたんだと思います。
住職さんが言うには、不動産屋のあのバカ孫らしいです。
調べたら、事故でもう死んでるらしいんですけど、学生の時に一番、私に執着してたので、その姿で来たみたいで。
『その荷物の受け取りの際に入って来ちゃったんだろう』
って。
宅配のおじさんは、勿論悪くないんですけど、頭をよぎっちゃって』
Aさんのつてで、地元のお寺を紹介してもらい、お祓いで解決はしたものの、Bさんは学ランの男の子も苦手になった。
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