『表のウラ』ーーグレーハウンド番外編ーー
別にたいそれた話ではない。なのに、だよ。なんでオレはNをここまで追い込んだんだろう?必要な証拠はすべて揃えた。高跳びさせるわけにはいかない。
正義感はあるわけじゃない。むしろ欠落している。
だだ、唯一許せないのはーー社会通念やらオレの信条に反することを、表舞台で平然とやっている連中だ。
「たたみかけるか」ーーカチコミの前に、空を眺める。
今日は空が晴れている。4畳半のアパートの窓から、外に目をやると、1〜2月の寒さを吹き飛ばした、3月の、晴れた空が広がっている。
空は嘘をつかないが、人はウソをつき騙す。
嘘で装った自分を演じては、また嘘を重ねる。映るのは虚勢の姿。ありもしないヨタを飛ばすんだ。
もう3月。アレから一年が経つのか。
「アレ」とは、オレのSNS(交流サイト)集客開始時期だ。英語講師として、身を立てようとした。
だが、ただでさえ不景気な日本に、疫病の流行がたたって、教室ではなく、オンライン専門の英語教室を開いた。
表社会でビジネスをするのはなかなか難しいもんだな。
SNSも進化している。ウラ社会での使い方なら熟知しているが、いざ、表で使いこなすとなると、ギクシャクする。
要するにやり方が分からない。
クリーンな自分を演じられないんだ。
【過去の精算】
覚えているか?オレはキム・ジヨンだ。
探偵(じみた)仕事をしていたが、さすがに身の危険を感じた。当時恋人のA子とともに、田舎に引っ越した。それでも潜入依頼があって、都心部に戻らざるを得なくなった。
依頼人はどこからオレを聞きつけたのだろう?
フシギなもんだぜ。結局、前と変わらない仕事をするわけだ。
だが長くはできない。依頼のたぐいは、1〜2件引き受けた程度で、断るようにした。
敵が多い中、表社会でどうするか?
たまたま、オレには英語が使えた。母親の再婚相手が日本駐在の米兵だったから。
とは言え苦い過去もある。不起訴で済んだが、オレは再婚相手の米兵を撃った。いわゆるアル中だ。酒に狂うと母に手を出すのがつねだった。
皮肉なもんだ。オレの武器の引き出しの一つである、英語を教えてくれた父を刺し殺すなんて。
暗い話はここまでだ。
英語が武器なら、と思って英語教室を開いた。というか、消去法で思いつく、真っ当な「白い」仕事は、それしかなかった。
英語教室のPRをするため、まず最初に広告を打った。新聞の折り込みは手ごたえがない。よし、Facebookと、連動しているinstagramの両方で広告を出すか。
これは割とレスポンスが良かった。集客にうってつけだと判断。
そこからはinstagramで投稿を頑張った。
「集客」って言葉は嫌いだ。しかし、少しでも興味関心を持ってほしかった。大勢いるうちの一人でも英語に興味を持ってくれて、オレの人柄を気に入ってくれて、入会してくれればーーそれだけ。シンプルだろう?
反応してくれた大体のユーザーは、10代の若い層だ。
だから若い層に「ウケる」投稿を連日していた。たまに相談も来た。よくある話だ。
ーー誰々に恋をしたとか。それでも、オレのファンになってほしかったから、話は聞いた。それが利益になるかどうかは、二の次だ。
もう妻になっていたA子は言う。
「やっぱりムチャなのよ。飽和産業だし。どうしてジヨンは社会に溶け込めない、溶け込もうとしないの?」
A子は関東圏内のスーパーでパートとして働いている。オレには英語教室で生計を立てて、軌道修正を図ろうとしていた。
「ごめん。なかなかできなくて。多分、どこもオレを雇ってはくれないハズだろ?ここでいったん過去を精算するしかないんだ」
「好きにすればいい」と突き放す物言いだ。
あからさまにあきれている。オレも熱情を汲み取らないA子にイラ立ちを覚えることも増えた。
この頃からだ。すれ違いが増えたのは。離婚の話には至らなかったが、事業のことではもめた。ただ、冷静に考えた。
オレみたく非弁行為スレスレなことをし、裏社会と通じている人間が、真っ当な事業をしようとしても、壁に行き当たるんだ。それでも、なんとか、裏社会に首を突っ込まないよう、頑張った。
【巣食う者たち】
長くなったな。
英語教室の話に戻ろう。
インスタ投稿は、何せ頭を悩ませた。何を発信したらいいのか分からないうえに、ハッシュタグをつけても、エンゲージメント率が低い。
どうしたものか。
そう思った矢先に、英語講師でありながら講師たちのプロデュースを手がけるNと友だちになった。
毎朝、LIVEを欠かさずするN。コーチとも自称する。
この話の中心人物はNだ。そこだけ注意してほしい。
Nがハツラツと、明瞭に話す姿を見て「この人の言うことは本当だ」と、半分は信じ込んだ。
残りの半分は?
カン頼りだ。距離の詰めかたがおかしい。新規参入と分かるや否や、すぐにダイレクトメッセージ(DM)を送ってきた。
「インスタの体裁を整えれば、集客できるわよ」
「どうやったら学べます?」
「今度、期間限定の勉強会があるのよね。本来なら受講料は2,400円だけど、『応援割引』で無料よ」
ーー内心では、何を応援するのだろうかと、疑う目で見るようになった。よくある手法だ。「応援」や「エール」と称して、現実的なモノを獲ようとする。
カネだ。
疑いが確信的に変わる出来ごとがあった。
それはNの主宰する3日間セミナー。話半分で受講した。というのも、書いたとおり「カネ」が目当てだと、うすうす勘づいていたから。
2日は参加した。最後の日は、個別コンサルを受けられる。もちろん、これも、無料。
カネかけずにプロデュースしてもらえて、人も集まるようになるーー。おいしい話に思えるだろう?
よく「うまい話にはウラがある」って言う。まさにその通りだった。
というのも、コンサル受講中にNと仲のいいMからDMがきた。
「見せ方次第で収入は変わるよ。私はインスタのプロフィール整えただけで、1ケタ収入が増えた」
実際的すぎて、頭が困惑した。
1ケタ?整えるだけでか?あり得るか?と、うさんくささを抱いた。受講期間だ。個別コンサルは受けとけ、と暗に言っているのか?
だんだんと不信感は募る。講義もアラ探しみたくなった。出てきた話が、有名なマーケター、『コトラー』のそれとほとんど変わらない。
「くだらねえな」と内心では思いながらも、集団受講だからか、歩調を合わせて「タメになりました」とか、フィードバックを送っておいた。どうも歯車が狂う。表の人たちと同化するのは難しいんだ。
そんな「モヤモヤ」を抱えていたし、そもそもコンサルへとけしかけるのもおかしく思えた。スキップした。
きっと筋書きはこうだ。
ーーインスタ投稿の方向性を、相手に押しつけらる。その分、アドバイス料として、先方に支払う。
好きなように投稿できないのは、しんどい。それにウサンくさい。
これが、正解だったと、自分に言い聞かせている。
オレがすっぽかした個別コンサルの日に、電話がかかってきた。
一緒に受講したEさんからだ。
「払うべきでしょうか?」
「何をです?」
「コーチング代を…」
「内訳がわかりません。内容を教えてください」
「わたしも何が何だか・・・」と、少し混乱している様子のEさん。
ざっくり話をまとめると、クロージング営業で30万〜50万円をコーチング代として契約するのはどうか?と迫られたようだ。その値段も本来は2倍。当日なら半額ってカラクリらしい。
さすがに、これは商品契約法に違反しているか、ギリギリだと思った。押さえるポイントは三つだ。
1・「必ず」と押されたか、
2・「契約書」は事前に用意してあるか、
3・「何の」受講代なのかーー。
これがクリアしていれば、特に問題はない。しかし、違った。
「必ず、モトは取れる」と、念押しされたようだ。先に言う。「必ず」はない。この段で、オレはNと距離を置いた。悪質業者って思い込んだんだ。
思い込みであってほしかった。
それからというもの、Nの受講生からはもちろん、他のコンサルから、カネを巻き上げられたって話を聞いた。
腐っている。
表面上は崇められる存在だが、内実はカネの亡者だと分かった。容赦しない。そう決めた。Nと他コンサルの被害額は、聞いた限りだと、概算で500万円をゆうに超える。黙るのも、性に合わない。
それにNが首謀者でもある。オレを騙そうとした、張本人だ。
話題性があるうえ、私情もあって、ここは動き出すと決めた。
【オレなりの正義】
おかしな話だ。
少し前なら、犯罪の黒幕は特定の犯罪集団と相場は決まっていた。特殊詐欺(トクサギ)に強盗(タタキ)。そうした事件数は減少傾向にある。なにせ捜査機関が取り締まりに力を入れているからな。
ただ、SNSがいっせいに普及したのを皮切りに、シロウトが犯罪を犯す事例も増えた。罪の意識が希薄化されるんだ。ただ、ツメが甘いんだ。
引き際をわきまえず、ずるずると長く続けているし、個人情報もダダ漏れだ。
限りなく黒に近い、コンサルの連中とは縁を半分切って我流でインスタの投稿を続けた。もうこの頃には集客だとか、どうでもよくなりつつもあった。他の事業が軌道に乗ってきたから。
他の事業とは?
オレが元記者で、アンダーグラウンドにも通じていることから、この手の新しい(と思われる)ビジネスのタレ込みには、高い値段がついた。
ウラコーチのLINEアカウントに身辺情報も売った。
個人情報に価値が高くつく時代にシフトしたんだ。LINEやら連絡先は、仕事に困っている弁護士や行政書士が買ってくれる。
こんなにも簡単に、個人情報を特定できるのは、やはり脇が甘いからだ。
その収益だけで、A子を養えた。だが、そんなリストを売り払っているなんてバレようものなら「また過去の自分に戻った」と叱られるのは目に見えていた。
家庭は安定して、A子とのすれ違いは減ったものの、A子をつねに騙しいている気持ちは消えないし、拭えない。
そんなこんなで、英語指導で身を立てるのは終わらせる引き際なのか、自分で判断するタイミングに差しかかった。
ただ、しこりを残したままなのは、いけすかない。
多分、オレは表で、英語教室を運営するのには向いていない。きっと畳むだろう。
その前に、だ。
今日は被害額の請求をしに、Nの元に行く。追い込みだ。どうやら海外に高跳びするらしい。その前に、回収しないと、間に合わない。
出かける前に書き留めておけば、きっとスッキリすると思って、書き残した。読んでくれてありがとう。この後、どうなるかは別の話になる。
気が向いたら、何か書くさ。
A子には内緒で頼むな。