人生を諭すカーナビ<後編>
「非現実的」なカーナビ「ニック」のナビゲーションを頼りに、ヒロは「隣の市」までやってきた。
色々な「ニック」の人生の助言を聞きながらも目的地の病院まであと15分となった。
「・・・この先しばらく道なりです・・・」
平坦な道に差し掛かった。
ヒロは「法定速度」を守り、前を集中しながら走行していた。
その時、また「ニック」が話し掛けてきた。
カーナビ・ニック
「おいおいヒロ・・・君は正気かい?」
ヒロ
「正気って、僕は君の忠告を守って安全運転で走行しているよ。」
ヒロは少しイラついていた。
カーナビ・ニック
「いや違うだろう。君は自分がしていることに気が付いていない。」
ヒロ
「だから何なんだよ!さっきから。」
ヒロは更にイラついた。
カーナビ・ニック
「君は先程から横断歩道の前で横断待ちしている人を無視して走行しているな。」「信号機の無い横断歩道では車が止まらないといけないのにも関わらず、君は平然とアクセルを踏んでいるじゃないか。」「ここで踏むのはアクセルではなくブレーキではないかな?」
ヒロ
「いや、だってつい・・・」
カーナビ・ニック
「君の気持ちは分かるよ。」「でもそのような心に余裕のない人が多いから交通事故が減らないんじゃないかな?」「次からでも遅くはないぜ兄弟。次の横断歩道で人が居たら必ず止まろう。」
その100m先で「少年1人」が横断待ちをしていた。
ヒロは「ニック」の助言通りに歩道の手前で車を「停車」させた。
少年は「ペコリッ」と頭を下げて横断していった。
カーナビ・ニック
「ヒロ!君は本当に最高な男だな!」「いいかいヒロ、これは良い事ではなく当たり前なことなんだ。」「だけどその当たり前なことが出来ていない人が多くいるから良い事に見えてしまうんだよ。」
ヒロ
「不良少年がたまに普通に戻るといい奴に見えるのと同じ意味合いだね。」
カーナビ・ニック
「そうだよそれだよ。」「ヒロ、決して英雄(ヒーロー)になれと言っている訳じゃないんだ。」「英雄(ヒーロー)って奴は例えるなら、利根川に旅客機を不時着させられるような奴だと思うんだ。」
ヒロ
「利根川?」
カーナビ・ニック
「だけどそんなことできないだろ?」「だから当たり前の事をするんだよ。」「さっきの君は最高にイカしてたよ!」
ヒロ
「ありがとう」
ヒロはこの絶妙な「アメと鞭」に戸惑いながらも、このカーナビ「ニック」の人間性?に惹かれつつあった。
もっと「ニック」の人生論を聞きたい。
そう思い始めた時に
「・・・この後700m先 左方向目的地付近です・・・」
もうそろそろ着いてしまうらしい。
この時ヒロは思った。
目的地に到着しエンジンを切ったら「元の普通のカーナビ」に戻ってしまうんじゃないかと。
それはそれで少し寂しい。
そう心で思っていた時に
カーナビ・ニック
「確かに700m先 左折で目的地に着くけどな、ヒロ。」
ヒロ
「う、うん。」
カーナビ・ニック
「君には回り道、紆余曲折が必要だと思うんだ。」「行った事の無い道を敢えて行くのも人生観が豊かになるぞ。」
ヒロ
「そ、そうだね。でも何だか怖いな。知らない道って。」
カーナビ・ニック
「そんなことは無いさ。」「広い世界を観に行こうぜ兄弟!」
ヒロ
「よし分かった、行こう!」
カーナビ・ニック
「よし!じゃあ100m先を右折だ!」
ヒロはカーナビ「ニック」と共に「紆余曲折」しながら数時間後に目的地に到着した。
「狭い世界でなく広い世界見ろ」という「ニック」の助言が、この時のヒロの心に深く刻まれていた。
・・・・10年後・・・・
俺は「ニック」の助言通り全世界と取引きする「商社マン」になった。
今日は、その10年間乗った車の廃車日だ。
あれからこの車を乗り続けたが、カーナビ「ニック」はニ度と現れなかった。
あの時「ニック」に出会わなかったら、俺はきっと町工場辺りで働いていただろう。
しかし、なんであれっきりだったんだろう。
・・・・・
もしかしたら・・・
カーナビ「ニック」は俺の本当の心の声だったんじゃないか?
<完>