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#1 希望の崩落
ここはAIを中心とした最新テクノロジーによって高度に発展を遂げた未来都市・東京。高層ビルが立ち並び、光があふれる街並みが広がっている。
自動化された交通手段や、街中に配置されている人型ロボット、人間と共に生活するアンドロイドなど、文明が栄華を極めていた。豊かなこの場所に住む人々は、思い思いの装いに身を包んでいた。自らの主義や主張を存分に主張し、人生を謳歌しているようだった。
そんな未来都市の中心地から少し離れた場所にある9F建ての雑居ビルの屋上に、一人の女の子が立っていた。豊かさを象徴する街並みを遠巻きに見つめる彼女の目には、さまざまな感情が入り混じっているようだった。しばらくすると彼女は振り返り、ジャケットのポケットに入れていた手を出し、屋上を走り出した。徐々にスピードを上げていくと、落下防止の柵を飛び越えて、5mほど離れた位置にある少し低いビルの屋上へ飛び移った。軽い身のこなしで次々とビルを足場にして、アクロバティックに東京の街を舞った。
NAYUTA「うん、いい感じ。」
身体の調子を確かめるように呟き、次から次へとビルを渡っていき、ついに地上へ降り立った。乱れたジャケットを整えるように軽く払い、歩き出したところで後ろから、
KAJI「ねえ待ってよNAYUTA!僕のこと忘れてるでしょ!」
振り返るとそこに、仕事のパートナーであるKAJIが荒い息で膝に手をついていた。
N「あ、ごめん完全に忘れてた。アンタいつも遅いだもん。」
K「普通の人はエレベーターで降りるんだよ。だって9Fだよ?」
N「気持ちよくないでしょ、エレベーターで降りたって。それにしても遅かったね?」
K「このエリアのビル、AI管理されてないからエレベーター動かなかったんだもん。」
N「アンタも覚えたほうがいいよいい加減。運送屋なんだから。」
K「パルクールで荷物運ぶ奴なんていないよ、今どき!てかいつの時代でもいないよもう!」
小言が止まらないKAJIをいなしながら帰路に着いた。
寂れた地下鉄の入り口を抜けて、トンネルをいくつか抜け、使われなくなった避難路から地上に上がると、そこにNAYUTAたちの住む街があった。そこは、あの未来都市である東京とは思えないような古びた街並みだった。 この東京においてはスラム街と称されることも多かった。 この日の仕事を終えたNAYUTAとKAJIは、業務報告のために職場に立ち寄った。そこには社長であるHAJIMEの姿があった。
HAJIME「おお、戻ったか。お疲れ様。無事全部配送できたか?」
K「もちろんです!完璧です!」
調子のいい返事をするKAJIに対して、NAYUTAは冷ややかな目を向ける。
N「そりゃ完璧ですよ。だって全部私が運んだから。」
K「ねえNAYUTA!僕だって途中まで運んだでしょ!」
N「アンタいなくても運べるからあの程度の量!準備運度にもならないくらいだっての。」
HAJIMEは、言い合いをする二人を半分呆れながら微笑ましく見やり、
H「NAYUTA、だったらすまんがもう一件頼まれてくれるか?この街の中だからそう遠くない。」
一瞬嫌そうな顔をすると、
K「僕が行ってもいいけど?」
とKAJIが煽ってくるので、
N「わかった!いくいく!使えないKAJIは置いて一人で行くから!で、どこ?」
HAJIMEは小さな小包をNAYUTAに渡しながら、
H「場所はAntzのアジトだな。リーダー宛だと伝えて誰かいるやつに託してくれたらいいとのことだ。頼んだぞ。」
小包の重さを確かめるように軽く上下してみる。
N「Antzか。ねえ...これ、中身は?」
H「わからん。そこは詮索してやるな。我々の仕事は信頼が命だぞ。」
渋々頷き、NAYUTAは小包を持って職場を後にした。
K「もう暗いから気をつけなよ!」
Antzの集会場への道中は、パルクールをするのに非常に適している。この街の中でもビルが密集しているため、NAYUTAはつい足取りが軽くなる。ビルや階段を越え、街の中を自由に舞いながら目的地を目指す。無事アジトに到着すると、顔馴染みのJUDAがひとりベンチで一服しているだけでとても静かだった。
JUDA「おお、NAYUTA!持ってきてくれたか、アレ!」
N「違うよ、アンタじゃなくてリーダー宛…」
そこまで言いかけたところで、JUDAは奪うように小包を受け取った。
J「サンキュー!今夜までにねえとマジでやばかったんだわ。ぶっ飛ばされるところだった…あぶね。」
N「なんだ、発注したのアンタ?ねぇ、これやばいもんじゃないよね?」
J「心配すんなって!ただアイツらの目を覚まさせてやるだけだよ。社会貢献みてえなもんだ。」
N「アンタたち、またなんかやろうとしてんの…?」
J「大丈夫だから、NAYUTAは心配すんな!」
N「ん〜…アンタに言われると余計に心配になるな。」
J「なんでだよ!長え付き合いだろ!」
屈託なく笑うJUDAの表情を見て、NAYUTAは少し安心した。
N「まあ、とにかく無茶はよしなよ。死んじゃったらおしまいだよ?」
J「今どき、死のうにも簡単に死ねねえから大丈夫だ!気いつけて帰れよ!」
アジトの中に消えていくJUDAの背中を見ながら、釈然としない不安感が残った。
JUDAに渡した小包は、小さい割に重量感があった。
一体あの小包の中身がなんだったのか。
考え出すと嫌な想像をしてしまうので、邪念を振り払うように壁を蹴って建物を登り始めた。平屋の屋根に着地した瞬間、思わぬ反発を感じバランスを崩し、屋根から落ちてしまった。空中で体勢を立て直し、見事着地することでことなきを得たが、味わったことのない感覚だった。
N「(おかしいな…いつも通り飛んだのに)」
気を取り直して立ち上がった瞬間、突然下から突き上げるような強い揺れがNAYUTAを襲った。
N「!?」
それは止むことなく、まるでメトロノームの針が左右に振れるように、強く揺れ続けた。建物は大きく揺れ、限界を超えて次々とビルが倒れ始めた。
N「くそっ…!」
ビルが密集しているため、建物の崩壊は連鎖を生み、次々と倒壊していく。落下物を避け、広い通りを目指すNAYUTA。道を抜けると、その目に異様な光景が飛び込んできた。瓦礫の下敷きになった人々が助けを乞う阿鼻叫喚の光景だった。
N「!!」
その中に、割れた鉄筋コンクリートの山に埋もれたJUDAを見つけた。
N「JUDA!」
駆け寄ると、JUDAは小包を抱き抱えるように埋もれていた。
N「バカ!そんなもの持ってるからヘマするのよ!」
J「ダメだ…コレだけはリーダーに渡さなきゃ…」
N「今助ける!」
力任せに瓦礫を持ち上げようとするも、ビクともしない。状況を打開する糸口を探ろうとするも、頭の中はパニック寸前だった。すると次の瞬間、後ろで轟音が鳴り響く。振り返った時にはもう遅かった。
背後のビルが倒壊したのだ。激しい鈍痛が襲い、NAYUTAは意識を失ってしまった。
それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
爆音で目を覚ましたNAYUTAは、自分が地面に仰向けに倒れていることに気づいた。周囲が妙に埃っぽい。目を開け、起きあがろうとするも、うまく体が動かせない。腕の力を頼りにやっとの思いで上半身を起こすと、完全に倒壊したスラム街が広がっていた。泣き叫ぶ人々の声や建物が崩れ去る音、そして耳鳴り。つい数時間前までは当たり前にあった日常が、そこから消えていた。
そしてNAUTAはあることに気づく。
自分の左足が瓦礫で完全に潰れていることに。
彼女は、大切な左足を失ってしまった。
今、NAYUTAの手元にあるのは、絶望と痛み、ただそれだけだった。
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