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ISTP閑話 #3

久しぶりに16タイプに絡んだ話をひとつまみ。


■INTPが好き過ぎる

INTPはユニークだ。というかINxxがそもそもユニークすぎるんだが。

ふと思い立った時に16タイプについて調べては、個人的に楽しむ範囲で色々と深掘りしているんだが、INTPは本当に面白い。

時々地から足が離れていて、何を言っているんだが分からないんだが。それが面白くもあるし愛くるしいところなのかもしれない。

彼らは空想的でありながら、どこか現実的に考えようとして、結果的に現実的でない場所に結論が着地していたりする。それを最もらしいといった顔考えた後、こちらを見てくるのも面白い。

もしかしたら、ENFPと似たような面白さなのかもしれないな。
ただ、常識や形式にこだわるESFJは空想的でありながら妙に理屈にこだわるINTPが嫌いだろうな。これは体感していることでもあるんだが、まあ何故そうなるのかも直感的に分かるレベル。

だが、一人のISTPとしてはINTPの面白さというのは唯一無二で、唯一無二の独特な性格の悪さもチラ見えしたりする。

よく、ISTPとINTPは何がどう違うんですか?なんて話もあるくらい、ISTPとINTPはよく似ているんだが、簡単に言うならISTPは「基本的に素直だが時々素直じゃない我が道を行く扱いに困るヤツ」で、INTPは「基本的に素直だが時々皮肉と理屈っぽさが出てくるちょっと嫌なヤツ」だ。

しかし、両者とも言えるのは基本的に素直だということだ。互いに素直だから嘘をつかないし、嘘をつくという回りくどくて面倒臭いやり方は好まない。
自分達以上に面倒臭い人間がいたら、素直に「あいつ面倒臭いね」と言い合うくらいには素直だ。

それに加え、自分がINTPを好きだと言うのは、彼らが口以外での争いを好まない点だ。
ISTPは人にも寄るんだが、内心で嫌な相手に対して物理行使したくなるような、そんな節がある。だが、INTPにはそんな部分はない。

彼らはとても賢くて、ISTPのように脳筋(?)ではないから口が上手だ。そしてよく考えている。まあ、その理論と結論をどう活かすかはまた別問題として。

INTPはINFPに近いということもあって、論理的だが理想家で非現実的な部分がある。宙に浮いている度で言えばINFPの方が断然上であるが、体感ENFPと同じくらい浮いていると言っても過言ではない。

ISTPは基本的に現実的で地に足をつけた状態で考えるので、大体夢想的な思考はしない。
自分の場合はISTPだがNe(外向直感)が発達しているので、「こうあったら良いな」とか「もしこうだったら…」は現実的な問題と対策とは別に考えたりはするんだが。

特に、一般的にはISTPは強烈なリアリストとも言われるので、INTPとの違いでは非現実か現実かで見分けられるだろう。にしても、時々話していると理論が浮き始めるのが他のタイプに無い面白さなので個人的には大好きなんだが。

そして、悲しいことにISTPもINTPも現実社会では馴染みにくいという点と、ちょっと挙動がおかしい(人間に興味があるけど出不精で内向的だからどっち付かずに見える)などの点で意外と話が合うのだ。

また、面白いことにISTPもINTPも互いに他人に対して斜に構えている節があるので、最初の会話の時点では「別にあなたに興味はないですけど」の雰囲気を醸し出しながら、脳裏に「家に帰ったらどうしようか」という考えを持ちつつ、仕方ない用事があるので話しかけることが大抵のコミニケーションの始点だ。

そうしたコミニケーションの開始時点では、互いにネガティブな感情で会話を始めるのだが、ふとした相手の挙動や話し方、反応から「あれ?こいつ…もしかして仲間なんじゃ………」とか思い始める。

そうなったら、もう知的好奇心が疼き始めるのだ。互いに。
好きかも…とかじゃなく「こいつって、どんな人間性でどんなものが好きなんだろう?アニメや漫画は好きだろうか?自分と趣味はどの程度合うのだろうか?価値観は?」とか考える。互いに。やはり挙動がおかしいのだ。

とはいえ、大抵のことではINTPよりもISTPの方が行動が早いのだ。
INTPが「あいつは仲間…いや…違う可能性もあるかもしれない…」とか考えているところに、いきなりISTPが来て(他の人から聞いた情報を元に)「自分はこういったアニメや漫画が好きなんですけど、あなたはどうですか?というか何が好きですか?」とか言ったりする。普通に考えたらかなり無神経である。

だが、ISTPとINTPは似ている感覚を持っているからなのか分からないが、INTPは素直なので大体答えてくれる。ちなみに今までの話は経験談である。

どうやら、INTPから見たISTPというのはフットワークが軽すぎて少々怖いらしい。というか、INTPから見て想定よりも動作が速すぎて驚くレベルらしい。あんまり考えたこと無かった。

まあ、INTPは色々とその性格や難しさから先入観を抱かれやすいが、個人的には大好きだ。面白いしよく物事について知っている。
経験も豊富な人が多いし、内に籠りがちではあるが知的好奇心が強いので急に怒ったりもしない。面倒くさがりなところは自分と似ているので理解もできるし、少し夢みがちなところは可愛らしいとも言える。

自分的にNT型の中ではINTPが一番好きだが、それは刺激より安定した面白さを求めるからだろうな。刺激には疲れてしまったので、椅子に座って話している方が楽しいといった方が正しいだろうか。

INTPの友達を増やしたい(願望)。気楽でいたいね。

■INFJ、優しくて少し変で時々怖い

INFJは独特な雰囲気と世界観を持っている。
現実の中で生きる自分(ISTP)とは違って、空想の中で生きる彼らはどこか優しさを持っていながら、その奥に鬱々としたものを持っているように感じる。

INFJは高潔で、優しい。
一緒にいるとよく感じることだ。とても志が高く、理想主義的で、あまり愚痴という愚痴は言わない。あまり我慢をしない自分とは違って、良く言えば大人である。

だからこそ、INFJが少し嫌なことがあった時に愚痴を言ってくれるのを見ると、少々驚きはするが安心するのだ。
それは自分が完璧な人間など居ないと心の底から思っているからであって、相手の中に人間味を感じられたと思うからだ。

高潔で共感できる人だから、何となくだが溜め込みがちな部分はよく見てきた。かく言う自分もそうだ。

というか、最早自分の方がINFJに対して愚痴を言うことはほとんどないように思う。
自分で自分の機嫌を取りたいのもあるが、相手が溜め込みやすくて他人の感情をお持ち帰りしやすい性格だから、愚痴を言う時はかなり言葉とタイミングを選んでいると言っても過言ではないかもしれない。

相手のお荷物になりたくない、と言えばそうかもしれない。
自分の無遠慮で無神経なところを理解しているから、必要以上に近づきたくないし、傷つけたくないのだ。それを優しさと言われることもあるが、どちらかと言えば臆病でただのエゴでもある。

自分の気持ちに鈍感な方ではあるが、自分の気持ちがよく分からない時ほど、INFJからは距離を置くようにしている。
適切な距離感も良い人間関係を維持するためには必要な事だ。

互いにお喋りをしている時間は元気になれることもよく分かっているが、それ故に気疲れしてしまうこともあるだろう。そもそも仲良くしていたいのに、相手の負担になっては元も子もない。

もしかしたら、多少の可能性でも寂しい思いをさせてしまっているかもしれないと思うこともあるが、人間関係は楽し過ぎるより少し余韻が残るくらいの楽しさの方が意外と健康的だったりもする。

本当に、INFJは高潔という言葉が似合いすぎて、いつか自分に対する煩わしさからそのまま連絡先ごと消されるんじゃないかと思っていたりする。不満も悪口も言われないから。いや、少し怒られはするけど。

意外と気が強いな…とはよく思ったりする。こんなこと思ってるなんて言ったらまた超速で否定される気がするが。
何だかんだ妥協気質な自分の方がすぐに折れることの方が多いが、それでも一緒にいるとこれで良いんだろうかと思う時もある。

人間ってよく分からないね。

■同じISTPでもAとTでかなり違うらしい

同じタイプでも「XXXX-A」と「XXXX-T」がある。自分は「ISTP-A」だ。

これらがどう違うかについては説明を省かせてもらう。専門家でもないし、恐らく自分で調べた方がより良いはずだからだ。たぶんね。

本題だが、つい最近になって実は知り合いが「ISTP-T」だったということが判明した。遡れば自分がまだ「ESTP-A」だった時の話になるが、その時の知り合いが「ISTP-T」だったという話。

自分は当時彼女と話していた時、何となくだが感情の薄い人間だなと思っていた。内気と言うには違って、芯はあるがとても神経質な感じだ。
雰囲気はINTJに近く、実務家というより度が強い合理主義者という感じだった。誰と喋っていても我関せずといった感じで、ほとんどポーカーフェイス。複数人でいてもあまり喋らず、果たして楽しいのかすら疑いたくなってしまう程だった。

自分は彼女の事が気になって、複数人で遊んでいるときに「(皆と遊んでて)楽しいの?」と聞いたことがあった。今思えば、彼女は表情に出していなかっただけで心の内側で雰囲気を楽しんでいたのかもしれないが、何せ笑顔の少ない彼女の事が気になったのだ。

あれは自分なりの気遣いのつもりだったのだが、彼女は平然と「楽しいよ」と言うので「そうなんだ」とは言いながら、何だか心があるような、無いような人だな…と思っていた。

それで、今になって少し考えてみたのだが、もしかして彼女こそよりテンプレートに近いISTPだったのではということだ。
冷静だがどこか衝動的な部分があって、論理的な整合性にこだわるが面倒臭がりなので途中で飽きて投げ出してしまう。非常に現実的で空想を理解することが苦手。自分に不要(気に入らない)と思う人は遠ざけるか、敢えて自分から突き放す。

当時の自分は彼女が我儘なように見えていた。外向的な性格だった自分は、彼女の内部から湧き出る我儘さが周りにどんな迷惑を与えるのかを考慮されないまま、彼女が平然と行動する様子に疑問を抱いていた。

彼女と同じISTPになった今なら、それらの行動原理も分かることだが。
彼女は単に、自分に対してとても忠実だったのだ。自分に対してより合理的に、より自由に生きるために、周りを敢えて捨てていたのだ。

だが、ESTPから同じISTPになって思うことは、それはきっと合理的な判断ではないということだ。
社会も、住む家でさえも誰かの力の元に成り立っている。我儘というのは誰しも心の中にあるものだが、その我儘のために誰かを不当に傷つけて良い理由にはならない。

ISTPは人に対して公平で素直であるが、かなりと言っていいほどデリカシーがない人種だと思っている。
かく言う自分もそうだ。いくら言葉を選んでいるつもりでも、選んだ言葉でさえ相手の受け取り方や情緒的な問題でナイフになる場合さえある。

しかし、彼女からすれば、それらはきっと不合理に近い話なのかもしれない。自分ファーストな思考においては、他人に対して敬意を払ったり、他人のお気持ちを考えるなんて全く興味のない話だからだ。

だが、自分は他人に対して誠実でありたいし、自分自身に対しても誠実でありたいと思っている。自分の中の我儘はあくまで自分自身が聞いてあげるものであって、他人にぶつけて良いものでもないし他人を巻き込んで良いものではないと思う。

これは自分の所感になるが、P型そのものがJ型と比較すると子供っぽいように思う。言うならば自分に正直で素直な事が長所でもあるが、同時に他人の存在を軽視しやすいのが短所。

一歩社会に出れば、必ず誰かと関わらなくては生きていけない。誰かの力を借りなければ、明日の家も食事だって困っているところだろう。
そうなれば、より客観的で俯瞰的な視点は大事になってくる。常にお人好しでいろよ等と言うつもりはないが、自分が他人にどう映っていて、どういった行動が適切であるかは考えていかなくてはならないと思っている。

他人は鏡であり、他人に酷いことをすればそれだけの損が自分に降りかかってくる。自分だけが良ければ良いなんて、遠回しに自分が損をすることを認めるようなものだ。

挨拶も、感謝も、意味があるから存在する。論理的に、より合理的に行動の意味を考えたところで、人には心があるのだからいつかは限界が訪れる。人は想像以上に感情的で、嫌なものは嫌だと思う。

より合理的に生きるならば、自分の事を考えるより他人の為に自分が何をできるかを考えた方が、回り回って良かったりする。

「ありがとう」「今日も楽しかったよ」そう言える方が人としてもう一度会いたいと思ってもらえるのではないだろうか。

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