人間

久しぶりに裁判傍聴に行った。


傍聴は十数回目、妻と行くのは3回目。


1本目は累犯窃盗の老婆だった。


累犯窃盗で起訴される条件は、過去10年間に3回以上窃盗罪で懲役刑を受けている状態で新たに罪を犯したときであり、懲役3年以上が相場である。


なんと老婆が懲役を食らった回数は3回どころではない。11回であった。


逮捕された回数は13回だという。全てがスリによる逮捕。


十代の頃からスリで繰り返し捕まっている。直近の刑は懲役4年だと言っていたので、人生の半分くらいを刑務所で過ごしているのだろう。


十数回裁判を見てきたが、裁判全体で見ても、かなりの割合が再犯である。


再犯を繰り返す犯罪者は往々にして貧しく、貧しさによるストレスから犯罪を犯す、捕まって出てきたらそれによってさらに貧しくなる、そして犯罪を犯す、という負の連鎖が起こっているケースが多い。


そういう裁判を見ると、この国の本当の姿がわかるのである。


しかし、この老婆はそういうケースでは無かった、ということが、後々わかって来る。


老婆は十代の時分に非行に走り、そのときに韓国人のスリグループに入った際、「デパートに来ている人は金持ちだから財布を取られてもそんなに困らない」という考えを「植え付けられ」、スリを繰り返すようになったという。


老婆は泣きながら話す。


でも今回検事さんに教えてもらったことで自分の考えが変わった。


最近はデパートに来る人でもお金持ちばかりじゃなくて、自分のように普通の人も来る、と。


それを聞いたときとんでもないことをしてしまった、とわれにかえった。。


めちゃめちゃ分かってない。


結局根本の考えが変わっていない。


尋問を聞いていると老婆は今は結婚して子供にも恵まれており、年金はしっかり夫婦で50万円貰っている上に、子供は働いて自分たちを養っているという。


夫とは自分の犯罪がきっかけで一度離婚したが、「盗みさえしなければ良い妻だ」と言ってくれ、同じ夫と再婚したという。


その夫は現在80歳でがんにかかり、余命いくばくもないという。


息子は一人で自分のところに面会に来てくれるという。


もともとも貧乏ではなく普通の家庭であったのが、非行に走ってしまったきっかけは、自身の強姦被害であったという。


強姦被害は確かに気の毒だが、どうしてそれがその後50年の泥棒生活に繋がるのかは、というのは難しい。


犯罪者にありがちだが老婆は他責にする癖があった。


自分はこんな状態に「させられた」という思いが節々に出ていた。


おれの目から涙が伝ったのは、次のくだりである。


老婆は泣きながら訴える。


絶対に獄中死だけはしたくないんです。わたしはこれまでそういう人をたくさん見て来ました。


哀れな最期を迎えたくないんです。どうかお願いします。。。


優しさで人を変えることなどできないのだな、とおもった。


泣きながら訴えたいことは自分が獄中死したくない、ということであって、夫の最期を看取りたいとか、夫や子供にこれ以上迷惑をかけたくないとかではないのだった。


こういう涙もある。


2本目は強制性交未遂+道路交通法違反という奇妙な組み合わせの罪状で捕まった初老の男であった。


この男も一度逮捕歴があるが珍しいことではない。


刑事裁判には3種類、「新件」「審理」「判決」がある。


1本目の老婆の裁判は新件であった。新件とは起訴されて初めての裁判、初公判のことである。


2回目以降の裁判が「審理」であり、刑罰を言い渡すのが「判決」である。


傍聴でオススメなのは「新件」「審理」である。


初心者にオススメは新件である。新件の冒頭では事件の概要説明があるからである。


時系列順にきっちり、どんなことが起きたか、教えてくれる。


審理ではそれがない。概要説明は新件の時にやっているから、すっ飛ばしていきなり尋問や証拠調べからスタートなのである。


審理の面白さは、聞いてるうちにだんだん、どんな事件だったのか分かってくる、というところにある。


また、別にややこしさのない事件であれば新件→判決で済むので、審理に進んでいるということは、被告と被害者(甲乙)の言い分が食い違っているとか、そういうややこしさが含まれた事件の裁判ということである。


この事件は本当に変わった事件だったので審理で入ってよかったと思った。


男のキャラクターはアニメに出てくる江戸っ子だった。


「しちめんどくせえ」「そんな野暮なこた言えねぇから」といった具合の江戸ワードがしっかり入ったべらんめえ口調だった。


キャラクターの面白さ以上に事件のややこしさが面白かった。


夜中3時ごろ、男は居酒屋で飲んで徒歩で帰宅中、事故に遭う。車にぶつかられたという。


これはこの男、被害者なのである。


酒飲んで歩いても何も犯罪ではない。


車から降りて来た女性が警察と救急車を呼びましょうか、と言ったが、男は、「てえした怪我でもねぇから要らねぇよ」と言ったそうだ。


流れで女性に家まで送ってもらうことに。


女性は酔った自分を自宅の中まで運んでくれた。


そこで「やらせてくれ」「いや彼氏いるし」で強制性交未遂の嫌疑という訳である。


性犯罪は甲乙両方の意見が食い違っていることが多く難しいことが多い。


男の言い分は、女性は明確な拒否の姿勢を示していないから強制ではない、というものである。


どちらにせよ男は結局したかったことを完遂はできず、女性は逃げ帰ってしまった。後日被害届を出されるのだが。


ふて寝した男が昼起き上がり、今までの流れとはなんの関係もなく車で物損事故を起こしてしまう。


強制性交と飲酒運転の合わせ技一本だったのである。


男のキャラクターは面白かったし、事件も特殊で面白かったが、今日はそれ以上進みそうに無かったので途中退出。


1本目の老婆と2本目の男、どちらも愛すべき、我々同様の人間であった。

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