NewJeansが作り出すリアリティとその行方 #1
1章 はじめに
1.1 背景と目的
私がこの記事を書いている理由は、端的に言うとNewJeansにハマってしまったからである。
リリースされた4曲は繰り返し聴き、MVも何回も見ている。次々と公開されるコンテンツも漏れなくチェックしているし、アルバムもBluebook ver. の6形態を購入済みだ。
一見、上記の行為は健全なオタ活のようにも見えるが、一つ大きな問題がある。
そのクリエイティブの素晴らしさゆえに、様々な考察に脳の大半が割かれて、純粋に楽曲やアーティストのパフォーマンスを楽しむことができていない瞬間があるのだ。
これは、全くもって不健全なオタクである。
アーティストを応援するオタクの正しい姿勢は、制作陣やアーティストが作り上げる世界に没頭し、純粋に楽しむことであると考えている。
メタな視点で作品のクリエイティブを眺めたり、わかったような口調で批判をするのは、度が過ぎると野暮であろう。
そこで、クリエイティブについて考えられることや、NewJeansとK-POPの今後の展望について「これ以上考える余地がない!」となるくらい考えることで、不健全で野暮な思考から解き放たれたいと思ったのである。
また、コロナ禍を通じて、リアルな物や場の価値が再度問われる中で、K-POPアイドルのコンテンツや世界観においてもどのようにリアリティを表現するのか?あるいは担保するのか?ということが重要視されているように感じる。
有難いことに、我々オタクはその世界観に熱狂しリアリティに心を揺さぶられ、コロナ禍以降の不安で退屈な日常に非日常を見出しながら生活を豊かにすることができるのである。
K-POPの世間における評価や如何に
近年K-POPを評価するうえで、そのシステムやプロモーションの方法などマーケティング的な視点での言説が多い。
しかし、今現在のカルチャーとしてK-POPを考えるうえでは、各チームがどのような世界観やリアリティを作り上げようとしているのか、そのためにどのようなクリエイティブアウトプット(あるいはインプットも)をしているのかを、総括的にかつ丁寧に観察する必要があると考える。
本記事ではその第一歩として、NewJeansが作り出す世界観を軸に、K-POPアーティストたちが作り出す”リアリティ”について考えることを目的とする。
その前提にある、K-POP産業をはじめとした様々なカルチャーや社会の動向を参照し、時間軸を横断しながら、この”野暮な思考”を突き詰めていきたい。
1.2 免責事項
・筆者は1994年生のため、90年代以前の社会やカルチャーは肌で感じたものではなく、現在アプローチできる情報から当時の状況を推察しているに過ぎない。また、音楽やダンス、映像、ファッション等、クリエイティブについては全くのド素人である。明らかに間違った情報や解釈があった場合はご指摘いただき、善処したい。
・筆者は大学では建築学専攻で、現在は建築設計の仕事に携わっている。その影響で、前提知識や社会的な感覚に偏りがある可能性がある。
・K-POPの事例を参照する際に、これまでのK-POPの歴史全体を勘案すると膨大な量の検証が必要となり非常な労力を伴うため、具体的な引用や詳細な検討については、第4世代以降のガールズグループに留める。簡単なリサーチについてはそれ以前のグループやボーイズグループ、ソロアーティスト等についても行う。
・本記事全般に渡って、分析や考察は私個人の勝手な解釈によるものである。見当違いな分析については、都度、ご教示いただきたい。そして、より専門的な知識をお持ちの方に解説いただけると幸甚である。また、考察は個人の自由に寄るものであり、議論によって深められるものであると考えるため、4章以降の私の考察と異なる考えをお持ちの方とは是非積極的に議論したい。
1.3 既往の言説と本記事の位置づけ
NewJeansを分析する上で前提として欠かせないのは、既存のK-POP業界のシステムとNewJeansが所属するレーベルADORのCEOであるミン・ヒジン氏の存在だ。
K-POP業界の持続的なプロモーションシステム
『K-POPはなぜ世界を熱くするのか/田中絵里奈 著』では、K-POPのクリエイターへのインタビューを行いながら、プロモーションの視点からK-POPのクリエイションを体系的にまとめている。
K-POPのこれまでと今を理解する上で必読の書籍だ。とりわけ、本記事にも大きく関係する部分を引用し、本記事における分析の前提としたい。
K-POPの(とくに大手事務所の)クリエイティブの特徴としては社内のA&Rが中心となってコンセプトやトンマナを各コンテンツの製作陣と共有しているということがいえよう。
マネージメントとクリエイティブが混然一体となることで、作品ごと、あるいはグループの活動を通しての一貫した世界観をつくりあげる俎上ができているのである。
また、以下の引用は現在につづくコンセプトメイキングとプロモーションの好例について指摘した内容である。
ここで、述べられているティザープロモーションは現在のK-POPにおいては標準的なプロモーション手法となり、デビューやカムバックに向けて入念なプロモーション期間が設けられている。
音盤の売り上げやストリーミング数、音楽番組での1位獲得を一つの目標とする流れの中では、この「ティザープロモーション→カムバック→活動→充電期間」というサイクルは非常に有効で、製作陣にとってもアーティストにとっても、そしてファンにとっても持続的であった。
K-POPを席巻するミン・ヒジンのクリエイティブ
さて、ここでも名前のあがったミン・ヒジン氏はK-POPファンの中では知らない人はいないぐらいの名クリエイティブディレクターである。
ミン・ヒジン氏のこれまでの経歴や関わった仕事については以下の諸記事が詳しいので是非ご覧いただきたい。
2019年ごろにBigHitエンターテインメント(現HYBE)に合流するまで、SMエンターテインメントのクリエイティブを支えてきたミン・ヒジン氏は、SM在籍時のインタビューで以下のようなことを述べている。
すなわち、プロモーションとしての戦略の重要性は認識しつつも、”本質”を最重要視していることがうかがえる。
では、ここでいう本質とは何だろうか。
視覚表現について、別のインタビューで彼女は以下のようにも答えている(「」内がミンヒジン氏の応答)。
視覚表現にフォーカスした内容かつ、繊細で曖昧な表現であるために、その意図するところを推察するのは難しい。
敢えて再度言語化するとしたら、
”視覚表現における本質とは、人々の共感覚的イメージを最大化する要素を潜在的に取り入れ、単に消費されるようなわかりやすい表現ではなく、様々な解釈が可能な余白がある表現に落とし込むこと”
と、いうようなニュアンスだろうか。
尚、ミン・ヒジン氏はインタビューの中でリファレンスを表現に落としこむ際には特定のシーンの模写を望まない事が重要であると述べている。
少し長くなるが、ミン・ヒジン氏のクリエイティブに対する姿勢がよくうかがえる内容なので、中略なしで引用する。
ここから推察するに、単純なシーンの構成の分析や直接的なリファレンスの検討からはミン・ヒジン氏のクリエイティブの源泉に正しく到達することは難しいだろう。
彼女が作り出す視覚表現には、とてつもない量のインプットと、それを基盤とした精緻で繊細かつ感覚的な表現の再構築が行われていることは間違いない。
よって本記事では、”正解”に到達することが不可能であることを認め、ミン・ヒジン氏とそのチーム、NewJeansが用意してくれた”余白”を私自身のフィルターを通して存分に誤読することを楽しみたい。
結果的にミン・ヒジン氏が作り出す世界観の源泉に接近することができれば本望である。
K-POPのクリエイティブを眺める姿勢
先に紹介した田中氏による書籍以外にも、K-POPに関する書籍や記事、BTSの成功にフォーカスした文献、ミンヒジン氏について述べた記事、K-POP曲の音楽的考察など様々な言説があるが、全てを参照することは現実的ではない。
よって、ここでは筆者が参考にしたいくつかの文献やWeb記事を以下に紹介するに留める。
上記のような情報を通してプロモーションやマーケティングの観点からK-POPについて分析することは可能であるし、個別の作品のクリエイティブに対して深く考察している事例は多々見られる。
しかし、クリエイティブに込められた意図を一連の流れとして分析し、製作陣がアウトプットのために共有しているであろうインプットや共通認識にまで考察を深めた事例は少ない。
本記事ではK-POP業界から次々と生まれてくるクリエイティブに前のめりになりすぎないように、あるいは、ふんぞり返って横柄な態度にならないように、姿勢を正して眺めるということに挑戦したい。
具体的に述べると、「単発的・近視眼的な作品分析ではなく、歴史的な背景や同時代的な社会情勢を考慮しつつ、多角的な視点からフラットにNewJeansの世界観を捉える」ことを試みる。
さらには、その分析を通して捉えられた世界観を現在の第4世代ガールズグループが作り出そうとしている世界観の流れの中に位置づけることで、NewJeansが作り出すリアリティ、ひいては数多のK-POPグループが作り出すリアリティの潮流について考察を深めたい。
1.4 方法
2,3章では、あらゆる情報を等価に参照しながら、NewJeansのクリエイティブに対する分析を行う。
その情報源は、書籍、web記事、映画、音楽、twitterでのつぶやき、youtuberの方々の投稿等、様々である。
一般的な論考や論文においては、web記事やその他SNSでの言説などは適切な出典として認められないことが多いが、現在進行形であるカルチャーを語る上では、情報の鮮度こそ重要であると考えるので、出典の媒体は問わないこととする。
次に4章では、分析を通して得られた知見をもとに、NewJeansのリアリティがもたらすものについて考察する。
具体的には、他のK-POPグループが作り出す世界観やリアリティと比較しながら、NewJeansがもたらすリアリティの位置づけと、今現在と今後のK-POP業界におけるリアリティの潮流について考察する。
前置きが長くなってしまったが、次の投稿からNewJeansの作品分析に取り掛かりたい。
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