2022.11.20 山形県白鷹町 山口洋アコースティックライブ
拝啓 山 口 洋 様
少し前のことになりますが、ヴァン・モリソンの音楽が素晴らしい映画『ベルファスト』(2021年 アイル ランド・イギリス ケネス・ブラナー監督)を見て、ぼくはあなたの事を考えていました。映画のエンドロー ルにはこうあります。「この地を去った人、残った人、亡くなった人、その全ての人に捧げる」と。名曲 『満月の夕』の縁で、きっとあなたは日本中のいろんな場所でこのような思いを抱いた人たちと沢山出逢っ たのだろうと想像します。そして、あなたと出会ったそれらの人たちの心の中で、あなたの音楽はきっと 「魂のサウンドトラック」として流れているのだろうと思います。
27年前。友人だった音楽評論家からある一つの歌を二つのバージョンで聞かされました。それが『満月の 夕』なのですが、一つは中川敬さんが率いるソウルフラワーユニオンが歌うもので、もう一つはあなたが率いる HEATWAVEによるものでした。1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災に際してお二人が共作した この歌を、自分は当時ソウルフラワーユニオンのバージョンを現地からの生々しいリポートのように、そ してHEATWAVEのバージョンをある種の無力感と、そこからなんとか希望の方ににじり寄ろうとする人々の 祈りのように聞いたのを覚えています。あれから日本は災害大国になり、多くの被災者が出ましたが、それ と同時にテレビの前で無力感に打ちひしがれる人の多くがサイレントマジョリティーの一部となりました。 かく言うぼくもその一人かもしれず、だからぼくの中で『満月の夕』はずっとHEATWAVEのバージョンの方 なのです。
あなたがれっきとした九州男児であるにもかかわらず、ぼくはある時まであなたを「北の人」と思ってい ました。これには理由はありません。ただあなたが書く数々の歌の風景が、自分の中で北国のそれと勝手に 合致してしまっていただけなのです。だから山形県の白鷹町であなたが歌うと聞いた時、なんだか空いたま まのパズルのピースがようやく収まるようなそんな印象を受けました。白鷹やその周辺の地域は東日本大震 災とそれに伴う原発事故による避難者たちを柔らかく受け入れ、励ました人たちが住む場所です。そしてコ ロナウィルスのことがあって以降、「被災」はミニマルな形で誰の日常にも侵入してくるようになり、今や かの町の人たちも無傷ではないのかもしれません。だから遠い未来に彼らの日々の奮闘がもし映画になるよう なことがあれば、その時全編に流れるのはあなたの歌だと夢想します。映画『ベルファスト』でのヴァン・ モリソンの歌のように。
PS『満月の夕』のことばかり書きましたが、ぼくがあなたの書いた歌で一番好きなのは『オリオンへの 道』です。“汗を流し、腹を空かし、何度でも僕はやり直す”。汗を流した後の酒は美味いし、腹が空いた ときに食う飯は美味い。酒が美味い場所は水が良くて、水が良い場所は人が良いと、昔、誰かが言っていま した。
11月の白鷹は冬支度が始まるころで蕎麦が美味いそうです。そして星がきれいで、晴れていればどの道を行 っても朝の景色はきっと人が再生する瞬間(とき)を歌った『オリオンへの道』の歌詞さながらでしょう。楽し みです。
PSのPS 春に頂いたピック、大事にしています。
村 田 博(東京都日野市在住)
【受付中】山口洋 Don’t Look Backコンサート officialツアー / 一般社団法人やまがたアルカディア観光局 (arcadia-kanko.jp)