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 文トレDAY51 19-光

外食チェーン本社は、江坂にあった。地下鉄江坂駅を東西の走る大通りから少しはいったところにある。
そこの角を曲がると、外食チェーン本社ビルの前に数十人の人影が見えた。遠目にも同じ境遇の取引先の人たちだすぐにわかった。
なぜか突然、高2の時、自宅兼会社であった出来事を鮮明に思い出した。きっと会社には、いかついの刺青の男が数人待ち受けているに違いない。(文トレDAY38 6-高校時代 倒産+夜逃げ)と全く役に立たない空想で頭がいっぱいになる。

会社の前に行く。白髪頭の疲れた初老の紳士が立って説明をしている「外食チェーン〇〇は、本日更正法の申請を〇〇裁判所に提出・・・・・」
内容が書かれた説明書をハラが背広から突き出た50代の男がくばっている。真冬にもかかわらず、大粒の汗を禿げ上がった額にかいていた。
作業服の男が白髪頭の紳士に向かって怒鳴り声をあげている。

「どないしてくれるんじゃぁあ!」「会長呼んでこい!」
頭をうなだれて、じっと動かない人もいる。
膝をつき、肩を振るわせる人もいる。
「わしは、会社『こうせい・・・』か『ああせい・・・』かわからんが、何いつ払ってくれる教えてくれ」

怒り、憎しみ、哀れみ、悲しみ、焦燥感。

体の筋肉の機能が失われたのか、その場に膝をつく、周りの風景の色がなくなる、灰色の世界。この感覚、過去にも味あったことがあったなぁ・・・。
なんだろう。

私のせいでこんなことになってしまった。
責任をとって辞める決意をする。
どうして、私は会社に長く勤めることができないのだろう。
涙が、握りしめたコブシに落ちた。

紙を持って十三の事務所に戻った。
ハラは決まっていた。
所長、ちょっといいですか?
打ち合わせスペースは、声が社内に漏れるので近くの喫茶店に行く。
「なんや、改まって」
紙を見せ、例の手形が紙切れになる話を報告した。
所長が腕を組みながら書類を凝視している。
怒鳴られるかもしれない。
損金の穴埋めを強要されるかもしれない。
不思議な感覚だが、私は、罰せられるのを心の奥で期待しているのだ。
腕組みをといた。

「で! ナベさんはどうしたいねん。」

本件の責任もあるので「辞めさせてください」という。
この言葉、私はこれで何回目なんや?
本当に情けない気持ちが湧いてきて、目に涙が浮かぶ。

「ナベさんは、それで本当に良いの?」

その言葉にハッとした。
あれこれ言われるよりこの一言が全てを語っていた。

頭と心は混乱していた。

私はこの会社で本当は働きたいと思っている。
でも、こんな失敗をして会社に大きな損害を与えることになってしまった。

私の罪悪感を満足させる、それは償いの意味もある。

償い・・・? 
辞めることが償いになるのか・・・?
つらい自分のその状況から逃げたいだけじゃないのか?
辞めることは、逃げること・・・・。

沈黙がながれた・・・

「迷いがあるんやったら、ちょっと、考える時間取った方がいいんちゃうか? 急いで辞めてもなにも得なことはあらへんし。」

「わしは、人の悩みを聞こうなんて思わん、もし聞いたとしても、答えを見つけのは自分自身や、わしが余計なこと言わん方がええと思ってる。だから、しばらく自分で考え。今日は、家に帰ったほうがいい」

「あ、そうや、そんなに今、忙しないんやし、3日ほど有給とって休んだたええ。それでよく考えて、悔いのない答えを出してくれ。」


「みなさま、当機は着陸体制にはいりました、この先は気流の影響をうけ揺れることも予想され・・・・・・」

私は奄美大島に向かっていた。

所長から結果的に休暇をもらったような形となり、次の日は家でのんびりなにもしないで昼まで過ごした。日夜仕事に追われているので、昼過ぎにはもう退屈になってしまった。
そうだ!どこかに行こう!
家にあった時刻表(この頃は、インターネットがなかった)でいまから乗れる飛行機を探す。15時ぐらいのフライトだと今から用意しても間に合うはずだ。15:40発の奄美大島行きが目に止まる。
行き当たりばったりの旅も面白い。

奄美空港に到着した。なにがあるのだろう。到着したターミナルビルにある観光案内所で観光案内のパンフレットを物色する。

あっ!宿をとらないと。これは行き当たりばったりで臨むと野宿になってしまう危険があったので観光案内所で宿をおしえてもらう。

案内所の人は目が点になっていた。「なんにも用意してないのね」と方言混じりに言った。
次は、移動手段、これも現地でわかったのだが、当たり前だが電車が通っていない。路線バスの移動も考えたが時間のロスが多そう。

車の運転は、以前勤めていたTEにいたころ、徹夜開けで京都から帰ってくる途中に赤信号の停車中に爆睡してしまい、後ろに停車中の車の運転手に起こされることがあって以来、怖くてあまり運転したことがなかった。
ゆっくり走ればいいのだ。レンタカーを借りて出発する。

夕陽の時刻であった、海に沈む夕陽をじっと見る。
大自然の前にすると人間ってなんてちっぽけな存在なんだろう。
日々起こる仕事の上での様々な感情の揺れ動きなんてなんてことはない。
生きていればなんとかなる。
生きていればなんとかなる。
生きる意味なんていままで考えたことがなかったが、
私がここにきた理由がわかったような気がした。


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