『カメラを止めるな!』感想〜ホンモノだけが持つドライブ感〜(ネタバレなし)
人がなりふり構わず何かに没頭している姿はしばしば滑稽に映ることがある。
しかしその真剣さは美しくもあるのだ。
むき出しの自分をさらけ出し必死で何かに喰らいつく、それは滑稽であり美しい。
人が普段の生活の中で本当の自分を見せる機会はかなり少ない。
今の世の中では、独りきりでいる時ですら本当の自分をさらけ出している人なんてのはなかなかいないのではないか。
だからこそ、本当の姿をさらけ出した人の心の奥底から出た言葉や行動は、他の人の心を動かす力があるのだと思う。
この『カメラを止めるな!』と言う映画を私が知ったのはいつだったか。
・国産のゾンビ映画が今度公開されるらしい。
私『ふーん。ゾンビものね、ちゃんと作ってるのかね?』
・どうやら30分以上ワンカットのゾンビ映画らしい。
私『ゾンビ映画でモキュメンタリーか。ダイアリーオブザデッドっていう名作があるからねぇ、今更目新しくはないねぇ。あれでしょ?カメラ落としたり、暗転のシーンでカット繋ぐやつでしょ?』
・なんだかただのゾンビモキュメンタリーじゃないらしいぞ。
『おいおい、見た人の反応がなんか異常に盛り上がってるぞ。これは見に行かないとやばいんじゃないの?しかもロゴとか結構凝ってるしこれはロメロリスペクト系なのか?』
なんて感じで段階的に映画への興味は増していった。
この映画はとあるケーブル局の開局記念番組である『生放送の30分ゾンビドラマ』を請け負うことになった監督を中心とした物語である。
映画自体の構造がちょっとした仕掛けを持っているため詳しくは触れないが(公式の予告編で若干触れているけども…)実にしっかりした脚本と入念なリハーサルによって成立した奇跡的な人間ドラマ作品だ。
正直言って全編通してど直球のゾンビ映画というわけではなかったのだが、私は非常に満足した。
ここには作り手が本当に作りたいものがあったと思ったからだ。
ほんとうに、2時間前まで斜に構えていた自分を殴り飛ばしたい気分だ。
この映画には『やるべきことを真剣にやることの素晴らしさ』が描かれていた。
どんなトラブルが起きたって、転んだって、つまずいたって、なりふり構わずに前に進む力の尊さと素晴らしさがスクリーンから溢れ出してきた。
映画館の客席のみんなで笑い、時には涙しそうになり、最後には心の中でガッツポーズを決める。
こんな体験はいつ以来だろうか。
この映画には『自分の人生の上限をなんとなく決めてしまっている』人物が数多く出てくる。
そういった人間たちが一つの目標に向かって走り始めた時、そしてそれぞれのむき出しの姿と言葉が相乗効果を産み出しお互いにドライブ感を増していく時、この映画は見ている我々をも取り込んでオーバードライブし始める。
Keep Rollin'どころの話ではない。
バンパーが凹み、ひん曲がろうが、タイヤがパンクしてホイールだけになろうが、果てはエンジンから火を吹き出そうがおかまいなしの暴走車に乗ってどこまでも突っ走るのだ。
本当の姿、想い、言葉はそれに触れた人間をも正直にさせる力がある。
映画序盤で主役である監督の日暮はこういう。
『ホンモノを見せてくれよ!』と。
ホンモノには有無を言わせぬパワーがあり、それは周りをドライブさせるのだ。
映画序盤、失笑混じりで『へぇーなかなかちゃんとゾンビ映画のツボ押さえてるじゃん。でも今の日本の映画って監督の意向なんてなかなか通らないよねぇ。』なんて思っていた私が中盤では大笑いし前のめりになりながらスクリーンにかじりついていた。
そして終盤、私はあの映画の中のスタッフの一人になりきっていた。
いや、映画館の客席全てが映画の中にあった。
スクリーンの中の彼らと一緒になって走り回り、転び、泣き喚いて、なんだかよくわからない感情に突き動かされるままにゴールを目指していた。
見終わった時、私は半泣きのような笑顔をしていたかもしれない。
実際のところ、この映画の中で作られたOne Cut of The Deadという劇中映画は(私の想像だが)さほど世間の評判を得られなかったのではないかと思う。
しかし、あれは確かにホンモノの映画作品だったのだ。
世間の評価とかそういうのとは関係ないところで存在している、ホンモノの姿を私たちは見ることができたのだ、この映画を通して。
だからこそあのラストは泣けるのだ。
そこそこの人生をなんとなく生きてきた人々が本気でホンモノを作り切った瞬間、それはなんと美しいことか。
この映画はとても優しい気持ちになれる映画だ。
登場人物一人一人がまっすぐに生きている。
そしてそれを見ている私たちも真剣に生きていることを実感できる。
エンドロールで走りまわるスタッフの皆さんを見ると『なんでオレはあそこに参加していないんだろう!オレは何やってたんだ!』という気持ちになった。
ぜひ、多くの方に見ていただきたい映画だ。
オーバードライブしようぜ。
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