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美術館で会った人だろ、アンタ。 16
1.雌伏編
俺は江戸の日本橋本銀町で生まれた。
親父は柳屋吉右門という。
京の染め物を商う商人だ。
結構羽振りが良かったね。
おまけに数寄ものっていうか
本とかいっぱい持ってて
そっち関係の知り合いも沢山いたみたいだ。
兄も二人いたけど
年が離れててあんまりかまってくれなかった。
まぁ商人のせがれだからね
イロイロ学ばなきゃいけなかったんだろうね。
二人とも結構しっかりしてたんで
俺はお気楽な三男ライフをエンジョイしてたんだ。
使用人たちはボンクラとかいって貶すけど
大した問題じゃなかった。
でもさ江戸にはコドモの遊び場ってないわけ。
商人だから周りはオトナばかりだしね。
あっ丁稚とかいたか。
でもあいつらみんな忙しそうなんだよ。
でお絵描きばっかしてた。
北尾重政とか政美とかいう人の
絵の一杯のってる本があったんで
模写ってのか真似してたね。
後から知ったんだけど
結構名人らしかったよ二人とも。
十二才くらいん時かな
かまどんとこにでも貼ってもらおうかな
ってんで鍾馗様を描いてみたんだ。
顔が毛むくじゃらで
盛大におっかなそうな感じのを。
それを見て親父
なんか思うところがあったみたいで
豊国って絵師の人に見せちゃったんだ。
粋で艶っぽい美人を描く一人者だって。
でさ、その人、
描きっぷりがイイね、とかって
弟子入りすることになっちまったんだよ。
おきらく、ごくらく、の
三男ライフはこれで終了しました。
絵の稽古ももちろんなんだけど、
ここで自家の丁稚たちの
忙しさを理解したね。
ともかく雑用が多いんだよ。
弟子がいりゃ使用人はいらないんだよね。
うまいことできてるよ。
とかいいながらも
少しずつ仕事の塩梅も覚えてくんだよ。
でさ、兄弟子に国貞ってのがいて
結構売れっ子になっちまった。
師匠譲りの美人画が得意で
結構遊女たちにもモテモテなっちめーやがった。
ムカツクよな。
あぁ俺も川口屋さんって版元さんから
「平知盛亡霊之図」「大山石尊良弁滝之図」
って二つだしてもらったんだ。
これはね、師匠譲りの3枚組。
ワイドスクリーンのスペクタクルを狙ったわけだ。
って俺、何いってんだろう。
時々じぶんでも訳わからん言葉が出てくるんだよ。
なんだろうね。
まぁ、目論見は当たって
ちったぁ評判にはなったんだが。
でもさ、てんでギャラは上がんねーでやんの。
あっ、まただ。
2.回天編
そんな感じで鬱々してるときに
訪ねてきたやつがいるんだ。
尾張藩ご用達のまぐさ屋の若旦那。
梅の屋鶴寿って御仁。
五つ下なんだけど、
商いは大丈夫なんで狂歌を少々たしなんでます
ってしょってやがるぜ。
でさ、若旦那おっしゃるところ、
「アンタは目の付け所はシャープだけど
グラフィックのマーケットのおける
ニーズを判っちゃいない」
んだと。
あっ、こいつもだ。
とおもったらなんか記憶がよみがえってきた。
南蛮好みの格好の男が言ってる。
「いいかい、グラフィックってのは
あくまでも商業美術なんだ。
独りよがりはダメだ。
消費者のニーズの半歩先くらいが
ちょうどいいんだ。」
俺は前世、グラフィックアートの
専門学校生だったんだ。
で、この時代に転生してきたんだ。
ぢゃ、こいつはなんなんだ。
確認してみようと思ったんだな。
「正義と友情の!」
「「バローム・クロス!!」」
昭和40年男だった。
スベんなくてよかったよ、ホント。
そんな訳で、俺は若旦那と
浮世のグラフィックアートを遊ぶことになったんだ。
若旦那がプロデューサーで
俺が制作担当な。
楽んなった。
プロデューサーがゼニを調達してくれるからね。
でさ、二人でブレストやって
コンセプトメイキングするんだ。
先ずはイロイロとリサーチしてみる。
どうやら今頃はエンタメ本の勃興期らしい。
支那の白話小説ってのの翻案がブームになってる。
曲亭馬琴の「傾城水滸伝」ってのが大評判で
ちゃっかりと
師匠の豊国が弟子(俺ぢゃないよ)と挿絵を担当してる。
さすがだね。
若旦那はこのムーヴメントに乗るべしといってる。
俺の描く豪傑は勢いがあって
グンバツだっていうんだ。
そこでトライしたのが
「通俗水滸伝百八人之一人」シリーズ。
キャラを
倶利伽羅紋々で思いっきり濃くしてみた。
大大ブレイク。
「武者絵」としてのブランドを確立できたんだ。
当然、派生シリーズもだす。
「本朝水滸伝豪勇八百人一個」
ふつーに続編だろ。
「風俗女水滸傳百八番之内」
これはセルフパロディみたくなっちゃたね。
まぁ、芸風広げるんにゃイイんじゃね。
若旦那は何気に蘭学にも興味があるみたいで
こんなのをおれんところに持ち込んできた。
で「近江の国の雄婦於兼」
後こんなのもあった。
でこうなる。
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イイね。
この時代は著作権とかうるさくないし
第一、鎖国中なんだぜ。
モンダイねーだろ。
とかハシャイでると
葛飾北斎「富嶽三十六景」が大ブレイク。
とんでもないジジイだぜ。
このジジイ、昔に曲亭馬琴「椿説弓張月」の挿絵で
大当たりとった御仁だぜ。
中風で病着いたって聞いてたら
七十超えてから復活して
大ブレイクしやがった。
ふつうお迎えがくる年だろうが。
でもって
歌川広重「東海道五十三次之内」
これもまたブレイク。
将来お茶漬海苔のおまけになるだろうと
いわれる快作だ。
こいつは俺の後に豊国に弟子入りしようとして
定員オーバーで断られたやつだぜ。
俺も便乗して東都名所シリーズをやってみた。
北斎や広重との違い判ってもらえるかい。
人の大きさが違うだろ。
ここにゃこんなことやってるニンゲンがいる
ってことを絵にしたんだぜ。
ザク(量産型)とは違うのだよ。
3.激闘編
時代が天保になってしばらくして
水野忠邦ってお方が
幕府の老中になられた。
このお方いわゆるエヴァンジェリスト。
要は石部金吉、洒落が判んねえってことだ。
天保の改革とかいうらしい。
おまけに出版統制令だと。
エンタメ関係は全滅になっちまう。
南町奉行にゃ鳥居耀蔵とかいう
おっかないお方がこられた。
俺たちのヒーロー遠山の金さんは外されちまった。
若旦那とブレストを重ねたね。
結果、
俺の天保チャレンジが開幕するわけだ。
「源頼光公土蜘作妖怪図」
若旦那は、
ワイドスクリーンバロックだな
とかいったけど
俺は
ワイドスクリーンゴシック
だと思ってる。
ちょっとホラー風味が入ってるだろ。
ゴシックロマン調ってやつだ。
師匠譲りのワイドスクリーンを
深化させたんだ。
でもさ、お上の中には
面白くない方が一杯いたんだ。
俺たち町人風情は見立てが好物だからって
イロイロ見立てるわけだ。
呼び出し食らって怒られちゃったよ。
再びブレスト。
体制批判当然ダメ。
役者芝居ダメ。
女性風俗ダメ。
むぅ。
動物ネタでいこう。
ただし
京都の青物屋(若冲のこと)みたくはやんねー。
俺は浮世絵師なんだ。
だから浮世絵を超えるよーなことはやんねー。
(じゃないと売れねーだろ。)
俺は猫が好きなんだ。
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「猫のすゞみ」
「流行猫じゃらし」
金魚もイイぞ。
「金魚づくし・玉や玉や」
スズメも捨てがたい。
「里すずめねぐらの仮宿」
あとさ、こーゆー姑息なこともやってみた。
「荷宝蔵壁のむだ書」
こりゃ大うけしたけど呼び出し案件になっちまった。
そうそう、
若旦那にアルチンボルドでいってみないか
って言われたことがあるんだ。
200年位前の人だから時系列的にも問題ない
とのことだ。
俺は、エッシャーのほうが好みだつったんだけどね。
後世の人の困ることをするんじゃない
って怒らえちゃったよ、若旦那に。
おめーさんは、
「東都三ツ股の図」にスカイツリー描き込んだろう
そーゆーことやると後々ヤヤコしーんだよ
ってえらい剣幕でやんの。
でも書きたいものはしょうがない。
で「欠留人物更紗」(あくびどめじんぶつさらさ)。
いやー若旦那にゃ酷評だったね。
裸の男がくんずほぐれずしてなにが面白いんだってね。
俺もしばらくぶーたれてたんだけど
これはまぁまぁ評判だった。
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最高自慢作について話させてくれ。
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ワイドスクリーンゴシックの到達点だ。
かつてないスケールのあやかし。
悪霊の怨念。
そして挑む豪傑。
カッケーだろ。
歌川国芳プロダクションの最高傑作だ。
とかやってるうちに
天保の改革ってのがポシャっちゃった。
老中の水野様は左遷、あの鳥居の野郎は蟄居。
どっちも時代錯誤だったんだろうね。
とくに鳥居は自業自得。
この後、
時代がみょーな具合に
面白くなってきやがったけどな
俺が中風で病着いちまった。
北斎のジジイはこっから
復活して大ブレイクしやがったけどな。
俺はイマイチだったよ。
画狂人にはなれなかったってことだな。
そういうことだ。
ああ、おもしれー弟子は育てたよ。
芳年とか芳幾とか。
暁斎ってのも俺の弟子でいいかな。
おもしれー時代に生きて
おもしれー仕事を残すんだろうな。
こればっかは選べねー。
せいぜい羨ましがらせてくれよ。
inspired by
歌川国芳展
-奇才絵師の魔力
大阪中之島美術館
E.N.D.