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始発待ち、ファミレス失恋ハンバーグ

ポー・・・ン・・・。ポー・・・ン・・・。
がらんとした駅のホーム、自動改札の音が反響しては消えていく。
沈黙する電光掲示板を呆然と眺めていると、間もなく施錠させていただきます、と無慈悲なアナウンスが追いたててきた。

ウソでしょ。
肌寒さにぶるぶる震えながら、足を引きずるように歩く。パーティードレスに薄手のボレロじゃ全然役に立たなかった。
卒業して二年、同級生の結婚式はすなわち同窓会で、久しぶりに大学生みたいなはしゃぎ方をした。近況報告や写真撮影でいちいち盛り上がって、二次会で抜ける遠方組を見送った後ズルズルとまた飲んで。一応、それでも余裕を持って乗ったはずの環状線、寝こけてぐるぐる回っていたらしい。

なんとロータリーには一台もタクシーがいなかった。わかんない、こういうのってアプリとかで呼べばいいの?そうだ、最寄りまで一体いくらなんだろう。深夜料金?だってかかるのに。
誰か、と頭に浮かんだ人にはもう頼れなくて、途方に暮れて立ち尽くす。真夜中の駅に一人、華やかなパーティメイク、凝ったヘアセット、精一杯着飾ったヨソ行きの恰好で終電をなくすなんてダサすぎる。
大人っぽくなったね、無邪気な花嫁の言葉がふとよみがえる。よく相談に乗ってくれた穏やかな声は弾んで幸せいっぱいで、気のせいでなく世界で一番きれいだった。
そっちも彼氏さんと長いよね、三年目だっけ?そろそろじゃない?
思い出したらまた目頭が熱くなって、その時みたいに奥歯を強く食いしばった。

実は先週フられちゃったんだ、なんて、絶対言うべきタイミングじゃないことはわかっていた。

泣いている場合じゃない。ぎゅっと思い切り目をつぶって頭を切り替える。
あ、そうだ、ビジホとか、せめて漫喫は?充電が少ないスマホで検索すると、一番近いところでも20分は離れていた。どうも繁華街じゃなくビジネス街方面に来ちゃったらしい。踏んだり蹴ったりにもほどがない?まだお酒に浸ったままの私は無気力で、歩く体力も、思考する気力もゼロに近かった。


どうしたらいいんだろう?やみくもに現在地周辺の拡大縮小を繰り返す。
とりあえず座りたい。
コンビニにカフェスペースとかないかな?
いっそ公園のベンチでも、なんでもいい。この夜をやり過ごしさえすれば。
ドライアイを見開いて目を凝らすと、拡大した拍子にポッと赤いポイントが表示された。

24時間営業のファミレスにはポツンポツンと数組の先客がいた。腰を下ろすとどっと疲れが襲ってきて、じくじく痛む足を確認するとかかとだけでなく小指の付け根の皮がめくれていた。引き出物の紙袋が食い込んだ手首にくっきり赤い筋が残っている。


ファミレスで始発を待つ。大学生ならともかく社会人、しかも酔いどれの女性が一人ぼっち。あの人に知れたら叱られる。そういう非合理で非常識なことが嫌いだったから。
面倒見もよかったから、元カノにだって『タクシー代なら奢るから』って帰るように諭すはずだ。無理だけど。こんなとこ見せるくらいなら死んだほうがマシだった。


現在時刻は午前1時半。4時には駅が開くだろうから、あと数時間の暇つぶし。
さすがにコーヒーだけではお店に申し訳なくて、食欲なんかなかったけど適当に季節メニューの一番上を指さした。なんちゃら牛100%の特製和風ハンバーグ。単品でよろしいでしょうか?コーヒーは食後にお持ちいたしますか?こんな夜中でも店員さんは物腰低く穏やかな声で、私は縮こまって小さくハイと頷いた。よろしいんですよね?ってこっちが聞きたい。確認されると不安になる、誰か代わりに決めてほしい。
先に運ばれてきたお冷に口をつけると、シンと脳みそが冷えて冴えていく気がした。ぐ、ぐ、と喉を鳴らして一気飲み。披露宴から半日以上、手元のお酒をグビグビあおり、ひたすら笑ってお喋りしたんだからカラカラだった。ああ、汗と皮脂でべとべとする。メイク落としたい。シャワー浴びたい。やっぱりビジホ探せば良かったな。なんで電車で寝ちゃったんだろう。ああ、ちょっと頭が痛くなってきた。なんでこんなに飲んだんだろう。
・・・なんで別れ話のとき、物わかりのいいフリをしちゃったんだろう・・・。

ジュワアアア・・・ッ!
夕立のような音にハッとして突っ伏していた体を起こす。いつの間にかうたた寝しちゃってたみたいだった。
お待たせしました、と目の前にセットされるアツアツの鉄板、和風ハンバーグが沸き立っている。ぶわっと立ち上る湯気と、肉の焼ける甘い匂い。激しく弾ける肉汁のダンスが意識にガツンと一発食らわせた。圧倒的存在感とあふれ出す魅力、別添えの大根おろしソースをツツ・・・とかけるとジュワワワワ・・・ッ!とさらに第二波がきた。酸味交じりの香ばしい香りに包まれる。ピンピン飛沫が頬に飛んだけど、服のことなんて頭から吹っ飛んでいた。
ごくん。無意識に生唾を飲み込んで、鉄板に目をむけたままカトラリーボックスからナイフとフォークを探り当てる。こげ茶色に照り光るハンバーグに刃を入れるとじゅわっとあふれ出すツヤツヤの肉汁。柔らかなコーラルピンクの断面に誘われて、ふう、ふう、息を吹きかけてほおばる一切れ。

あれ、ハンバーグって、こんなに美味しかったっけ。


夢中で食べ終えて一息ついていると、ちょうどよくコーヒーが運ばれてきた。キッチンで見計らってたんだろう。がっついたところも見られたかと思うと恥ずかしい。いや、こんな時間にこんな格好な時点で、もう取り繕っても無駄かもしれない。

そういえば、ファミレスに一人って来たことなかったかも。いや、そもそも一人で外食自体が初めてかな?お一人様ってハードル高いって思いこんでたけど、やってみればそんなに難しいことじゃなかったな。


コーヒーをちびちび飲みながら、デジカメの写真を整理する。スクロールしてもしても終わらなくて、データをまっさらにしておいたはずなのに、と枚数を数えると500枚近かった。撮りすぎ、我ながら笑ってしまう。誰かに近況を聞かれるたび、シャッターを押して誤魔化し続けた成果だった。

帰ったら、まずはたっぷり寝て、起きたらみんなに写真を送ってあげよう。紙とペンの代わりにペーパーナプキンにアイブロウペンシルで友人たちをリストアップする。
またご飯行こうね。別れ際の言葉を本気にして、今度は自分から誘ってみよう。どうせ社交辞令だと思ってたけど、自分だって待っているだけでメールの一つもしなかった。
それで、思い切って別れたことを話してみよう。私を丸ごと否定されたみたいで辛くて悲しくて目を背けていたけど、それで何が変わるわけじゃなかった。
ずず、ともう一口コーヒーを啜る。鼻の奥にツンとカフェインの刺激がしみた。

きちんと食べて、寝て、仕事をして遊びに行こう。
きっとそのうち、今日を笑い話にできるはずだ。


#文脈メシ妄想選手権 に参加します。

「精神的に受け身な女性の真夜中の大冒険」がテーマです。小説は難しいですね。


坂るいすさん、遠山エイコさん、あきらとさん、マリナ油森さん、池松潤さん、素敵な企画をありがとうございました。