天才作家『星川流星』の手記
東京で刑事として働く大庭大輝(30)は
奥多摩で変死した有名作家の捜査を担当することになった。
不思議な死を遂げたのは、大庭が高校生の頃に憧れていた天才作家:星川流星だった。
大庭は彼の作品に触れ、感動し、小説家を目指すもうまくいかず
両親の勧めるままに刑事になったのだった。
奥多摩の自宅の一室に佇む星川の遺体は、座椅子の背にもたれて空を仰いでいるように見えた。
大庭は先輩刑事から星川の手帳を調べるように頼まれる。
大庭は手帳を受け取り、目を通した。
かつて憧れだった天才作家が書き綴った言葉の羅列に大庭は何とも言えない感動を覚えた。
それと同時に夢を叶えられず諦めたことへの居心地の悪さも浮かんできた。
ばつが悪そうに星川の手帳をぱらぱらとめくると、そこにはこんな言葉があった。
『純粋なる小説家たちよ
ほとんどの名作は葬られてきた
ときに人々の無知さゆえに
その素晴らしさは理解されないのだ
私は世間が喜ぶものではなく
自分の信じるものを書いた
はじめは誰一人読まなかった
私は狂人と称された
だが友よ
狂っているのは世間の方なのだ
よって私は狂った世界に更なる餌をまくべきではないと考えた
世間が喜ぶストーリーというものを書くことは出来る
だが私は断じてそれをしない
世間で変人と呼ばれるものたちは正常だ
正常であるがために世間には受け入れられない
私は魂を神に捧げ
悪魔には引き渡さなかった
世間という悪魔には…
純粋なる小説家よ
どうか書いてくれ
人がどう思うかとか 売れるとか
そんなことを飛び越えた
魂の声を綴る作品を
世間は最初撥ね付けるだろう
そして中傷する
いや、むしろ気にも止めないかもしれない
やがてたった数パーセントの聡明な人がその作品から漂っている香りに気づく
そしてそのまま純粋性を濁らせることなく書き続けると
世界が裏返る
そして背中を向けていた世間さえも自分の思い込みの投影だったことに気づくだろう
友よ 世間は敵ではない
あなたの想いそのものが 敵を作り出すのだ
そしてそれはあなたがそれを超えるために立ちはだかるのだ
どうか足をとめずに
世間へ怒りを向けずに
静かに'最初'に沸いた正直な言葉を
書き留め続けて欲しい
君に その勇気があることを願う』
その言葉を読んだ大庭の目には涙が浮かんでいた。
そして昔小説を書いていた頃の情熱が再び息を吹き返した。
大庭は呟いた
『もう一度、書いてみよう』
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社会の掟に呑まれ心を殺して生きる刑事と
死してなお生き続ける天才作家の『愛』
決して出逢うことのない2人が
愛という絆で結ばれ紡ぎ出す唯一無二の共作。
大庭は手帳に書かれた言葉を元に星川の足跡をたどる。
それは大庭が愛に目覚め、真(まこと)の言葉を綴る旅でもあった。