いくえみ綾『潔く柔く』withコロナ

夏になると読みたくなる『潔く柔く』。(以下、ネタバレしております。)

青春、恋と愛、友情、嫉妬、そして死。色んなものが詰め込まれている少女漫画の金字塔ですね、ハイ。

タイプが異なる魅力的な登場人物が多く(しかも人生が交錯する)、それぞれの恋愛や人生が描かれているので、どの部分を切り取るかで主人公は変化していくのだけれど、全編を通しての主役は瀬戸カンナと赤沢禄。他の登場人物たちと同様に彼らの恋愛が描かれるが、他の人物と彼らが異なるのは、彼らの人生に「死」が深く刻まれていることだ。この死の影が〈普通の〉恋愛少女漫画と一線を画することに繋がっているのだと思う。

カンナは15歳の時、幼馴染のハルタを交通事故で失ってしまう。ハルタはカンナに今から会いにいくことを告げるメールを打っていた時に車にはねられたのだ。そして、その時にカンナは仲良しグループのひとりであった真山と二人で花火大会に出かけていた。ハルタがこの時カンナで会えていたなら、想いを伝えていたであろうことが綴られている。

この時からカンナの時間は止まってしまう。22歳の時に再開した高校時代の友人朝美に「15さいのまま」と見抜かれてしまうほどだ。そして、カンナの時を進めることが出来たのは、自らも自分を慕っていた少女の死を経験している禄だった…というわけだが…。


全13巻ですが、11巻までずーっと間違った読みをしていたんですね、私は。「ハルタが死んだ時、自分は別の男に会っていた。しかもハルタは自分に『いくよ』というメールを打っていた時に事故に遭った」ということがカンナの罪の意識になっていたかと思っていたのですが、カンナの罪悪感は「自分を好きであろうハルタを男として好きになることは出来ない」ということであり、そしてそれを言う機会が永遠に失われてしまい、時を止めてしまった。

ここの部分を読んだ時にズーンとなった。

自分の好意を相手に伝えられないままいなくなってしまう側も辛いが、もしかしたら、自分への好意を受け止められないことを永遠に示せない方も相当辛いのかもしれない。

人はいつ死ぬかわからない。それはいつだってそうだけど、特にコロナが広がる世界ではそれをより意識する機会が多い。隠している死と日常の隣接が露わになりがちだ。

伝えること。受けとめること。簡単そうで難しい。

コロナは色々な分断を生んでいるけれど、一方で我々はその分断を止めることができるかをコロナに試されているような気がしてならない。


最後に一言。私は伊吹くんが好きです(笑)。


いくえみ綾『潔く柔く』


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