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仕事で一番心が震えた瞬間を考えてみたら

私は以前学芸員として勤務していたことがあります。3年4ヶ月の短い期間ではありましたが、何度思い返しても10年ぐらいの感覚がする、人生の中で強い光を放っていた時期のひとつだと思っています。

そして、私の仕事選択においても重要なことが起こった時でもありました。

4年目を迎える頃、転職せざるを得ない状況が訪れました。学芸員という仕事は資格を取るのは比較的簡単ですが、正規の職員として勤務先を得るのは非常に困難です。ですからこの時は、正規のポジションを直ぐに得るのは現実的に難しいため、非正規で学芸員という「好きな仕事」を続けるか、「特別好きな仕事じゃない」としても正規で経済的に安定できる勤め口を探すか、まずこの2択が私の前に迫りました。

高校大学の友人たちが結婚や出産、また勤務先で役職についたりするなど、社会人として確かな歩みを重ねている姿に、正直言うと多少の気後れという屈折した気持ちももって接していたと思います。「学芸員になるために」長い大学院生活を不安定な貧乏の中、送ってきたわけですから、私の人生から学芸員の道を失くしてしまうということは、もう他に整備して来た道はなく、途方に暮れる他はないわけです。

しかしここで、ふと「自分にとってのやりがいは何か」を考えてみることにしました。本当にそれは学芸員なのか?アホの一つ覚えのように大学生の頃から学芸員になりたいと言ってきたことを一度冷静に考え直してみようと。

そもそも学芸員になりたいと思った理由は、芸術文化について勉強するのが好きなこと、その好きなことで世の中に貢献できればなお良い、といったことでした。

そんな私が学芸員として働く中で、一番心が震えた瞬間はいつか、何によってか、を考えてみました。

新人ながら展覧会の企画書を書かせていただいたり、ギャラリートークをしたり、展示の設営をしたり、学芸員は雑芸員などと揶揄されることもありますが、雑用も別に嫌いでない私にとっては楽しい仕事ばかりだったと言えます。

でも、「一番」心が震えた瞬間はいつか、何によってかといえば、それは素晴らしい作品を展示できたことでも、その業界の中で一歩進んだ成果が出せた時でもなく、私が提案した展覧会関連イベントに参加してくれたおじさんが涙を流してくれた時でした。

そのおじさんは、特に美術が好きというわけではなかったと思うのですが、近所なのでよく館に来てくださり、館内のカフェでコーヒーを飲んでおられました。

そのイベントは、展示作品に合わせて、歌や朗読を聞いたりする内容でした。

イベント終了後、展示室でおじさんに「イベントいかがでしたか」とお伺いしたところ、おじさんの目に涙が滲み、落ちました。

私は驚きました。

おじさんは話します。

詳細は書きませんが、涙の理由は、辛い現実が毎日ある中、美しい歌を聞いたり、絵を見たりして、心がふっと軽くなったから、とのことでした。

今度はこちらが泣く番です。私が関わったイベントでそんな風に思ってくださる方がいるなんて想像すらしていませんでした。おじさんは「ありがとう」と言ってくださいましたが、こちらがその何倍も「ありがとうございます」という気持ちになりました。

一口に学芸員といっても、絵がないと生きていけない人、作品の保存に並々ならぬ情熱を燃やす人、展覧会や所蔵品に関する論文を書くのが大好きな人、など様々なタイプがあると思います。ここに挙げたタイプの方は、学芸員という仕事でないといけないのだと思います。

しかし、私は違ったのでした。

私がやりがいを感じることは、「自分が作ったものが、誰かの心に触れ、その心に重しがあるのならば少しでも軽くなるお手伝いが出来ること」だったのです。

私にとって絵は目的や本質ではなく、手段だったのです。

父親が絵を描いていたりしたので、小さい頃から美術館に行くことは馴染みがありましたし、習い事でも絵画教室に行ったり、部活も美術部だったりしたので、触れる機会が多かった分、人より少しだけ興味を持ちやすかったのだと思います。

もちろん、今も絵は好きですし、美術館がない生活は嫌です。そして学芸員は素晴らしい仕事です。また、学芸員を目指した期間、学芸員として働いたことは自分にとって全く否定する点は微塵ももない、人生の大事な一部です。財産です。

ただ、「私の仕事」として考えたとき、絵は手段であり、目的は「自分が作ったものが、誰かの心に触れ、その心に重しがあるのならば少しでも軽くなるお手伝いが出来ること」だったのだと思いました。目的が大事であり、手段はあくまで手段。つまり、私は学芸員ではない仕事でもこの目的が叶えられるでしょうし、それなら歳も歳だし、生活を安定させられる正規の職を見つけようと思ったのでした。

その後、不思議な縁を得ながら今の仕事につき、キャリアコンサルタントとして大学生の方の進路の葛藤に触れさせていただきながら、過ごしています。

(冒頭の写真は、当時の部屋からよく見ていた景色です。)

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