自己紹介Vol.2~失意のどん底~
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紆余曲折あって、現実逃避婚の末に旦那を一人日本に残してワーキングホリデーでオーストラリアに一年間逃亡したわたし。
日本ですっかり見失っていた自分をオーストラリアで完全に取り戻し、そのまま永住したかったけどビザが切れて泣く泣く帰国。わたしの帰りを待っていた旦那にとある心理学講座に連れていかれ、それをもとに占い師になろうと思っていた矢先、最終講座の打ち上げで講師の方がこんなことを話した。
「僕は野菜嫌いの肉好きだったんだけど、ある話を聞いてから肉をすっかり食べられなくなってしまったんだ。」
実は物心ついた頃から極度の偏食で、ほとんどの野菜が食べられなかったわたし。とっても気になってその先生の話を聞き、それがとても面白くて、もともと管理栄養士だったこともあり、マクロビオティックなる玄米菜食の世界へと足を踏み入れる(実際は単純な玄米菜食主義じゃなくて、自分を存分に生き抜くための道理だったりするんだけど)。
一物全体、身土不二、陰陽五行・・・。日本で唯一医学部の中にある国立大学の栄養学科を卒業したわたしにとって、それらの考え方は自分が感じていた西洋栄養学の限界を超えるのに有効なもので。これは世の中に広く知らしめなければならないと、マクロビオティックを教わった先生方を招いて講演会を数々企画。やがてわたし自身が講演できるくらい知識や経験を積み、食の伝道師として地元の新聞で丸々一面紹介されるくらいに食育活動に専念した。たくさんの方々に共感していただき、充実の毎日だった。
でもそんなわたしが、夢も希望も失うことに。
それは父が末期がんであることがわかってからのこと。わたしはマクロビオティックの食養生によって父の命を救おうと必死になっていた。でもがんが骨に転移し、常に壮絶な痛みに襲われのたうちまわる父にとって、わたしの善意はむしろただの圧力でしかなかった。
「お前の気持ちは本当に嬉しいけど、お前がお父さんのためにがんばればがんばるほど、お父さんは苦しい。」
父のその一言で、わたしは完全崩壊。自分が信じていたものによって、死の淵でもがき苦しむかけがえのない父をよりいっそう追い詰めてしまった。その事実が、わたしを奈落の底へと突き落とした。そして父の死とともに、わたしも死んだ。
”しかるべき食のありかたを通して人も社会も未来も元気にする”
それがライフミッションだと信じていたのに、父の命と一緒に夢も希望も生きる意味さえも失ってしまったわたし。オーストラリアに逃亡する前よりもはるかに計り知れない喪失感の中で、わたしはしばらく動けなかった。
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