タッチダウン
「今更何言ってんの?ずっと頑張ってきたじゃない!なのに試合をしたくないって?タッちゃんここまできて逃げるの!昔のあの怠けきってたどうしようもないタッちゃんに戻るの?」
「南、だっておかしいだろ?どう考えたって俺がヘビー級の世界チャンピオンになれるわけないじゃないか。こんなことなんかの間違いだよ!」
「タッちゃん、まだ自分が信じられないの?今のタッちゃんだったらカッちゃんだって、絶対認めてくれるよ。タッちゃんは南を甲子園に連れて行ってくれなかったけど、後楽園ホールには連れて行ってくれたじゃない。自分を信じて。明日の世界タイトルマッチ絶対防衛しようね」
「だからそれがおかしいってんだよ。大体俺は和也の遺志をついでお前を甲子園に連れて行くはずじゃなかったのかよ。なのに何でボクシングで、しかもヘビー級の世界チャンピオンになってるんだよ。確かに俺は高校の頃ボクシングちょっとやってたよ。だけど体格的にヘビー級なんてあり得ねえだろ!」
「ふん、タッちゃんそうやってなんでも投げ出すんだ。カッちゃんはずっとタッちゃんをアニキは俺より才能あるよって言ってたんだよ」
「アイツが俺の才能評価してくれたのはありがたいけど、今はそれどころじゃないだろ?大体何で俺がヘビー級の世界チャンピオンになってんだよ。俺プロのライセンスどころか高校卒業してから一度もボクシングやったことないじゃねえか!南ずっと一緒にいたお前にはわかるだろ?いい加減正気に返ってくれよ!」
「バカ!また逃げるの?それともまだカッちゃんに気を使っているの?自分が初の防衛戦に勝ったら、ただのまぐれじゃない、本物のヘビー級の世界チャンピオンだってみんなに認められる。そうしたらタッちゃんの両親だって、南のお父さんだって絶対に結婚を勧めてくるはず。だけどタッちゃんそれが嫌なんでしょ?タッちゃんは弟思いだから……。カッちゃんがずっと南のこと好きなの知ってたから……。だけど南はタッちゃんが好きなの。南タッちゃんに防衛戦に勝ったら南をリングに上げてこう言って欲しいの『上杉達也は浅倉南を愛しています』って」
「お前がそこまで俺のことを思っているのは嬉しいよ。だけど俺はそれでも……」
「タッちゃん!南怒るよ!男なら男らしくハッキリして!南をもう一度後楽園ホールに連れて行って!」
「ああ……わかったよ、南」
そんなわけで上杉達也は明らかにヘビー級の体格をしていないのに、今回も無事に体重測定合格し、今挑戦者のメイス・ウェザコにボッコボッコに殴られていた。テンカウントや救急車を通り越して、霊柩車を呼んだ方がいい事態だが、誰も試合を終わらせようとしない。観客席の南もこれにはたまらず達也を助けようとセコンドの原田の所に駆けつけた。
「原田くん、もうタッちゃんを止めて!このままじゃタッちゃん死んじゃう!」
だが原田は首を振って南に言った。
「上杉は腹を括ったんだよ。お前のために戦うって。だから俺にはアイツを止める事は出来ない。浅倉、最期まで見守ってやれよ。アイツの覚悟を」
「タッちゃん……」
試合は11ラウンドに入ったが、上杉達也はまだ何とか立っていた。いや、無理やり背中に棒をくくりつけられて立たされていた。達也は最期の命を振り絞って絶叫した。
「南、いいから早く俺を助けてくれ!でないとこのままじゃ和也の所に逝ってしまうよ!」