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くだらないと君を物語に乗せて #6

6月27日、山下さんと松岡さんと組み、とある事案に取り掛かってから約1ヶ月が経過した時だった。

美月:おはよう、松岡くん

パソコンのセッティングをする最中、いつもの会議室に入ってきた瞬間、椅子を拭く松岡さんに山下さんは挨拶をした。

そして俺の方へ近づき「おはよう」と声をかけた後、耳元でこう囁いた。

美月:〇〇くんっ

〇〇:あっ、っ……おはよう……ございます……

突然の事に驚き、いつものような大人ぶった挨拶をすることはできずただただ動揺した。


美月:いよいよ今日だね!企画プレゼン!みんなで絶対企画通しそうね!

そう言って入ってきたばかりの美月さんは、颯爽と部屋を出ていきどこかへといった。

松岡:はぁ…山下さん……ほんと好きだなぁ……

この1ヶ月間、松岡さんと美月さんと仕事をする内に、俺は2つの点に気がついた。

それは、

〇〇:松岡さん、もう山下さんへの気持ち隠さなくなってきましたね笑

松岡さんも美月さんを好きだと言うこと。

松岡:あっ、やべ、また漏れてた?笑

〇〇:はい、しっかり好きだなぁって言ってました笑

松岡:いけないいけない。ちゃんとしなきゃ笑

そしてもう1つ、

松岡:山家くん以外にバレると大変な事になる。なんたって山下さんを好きなライバル多いからなぁ…

と言う事だ。

1ヶ月間も仕事をしてればわかる。

廊下で会うたびに美月さんにしつこく食事を誘う上司。

昼休みのたびにわざわざ会議室まで訪れ、隙を窺っては食事に誘う彼女の同期。

契約をしにきたはずなのに、個人的な連絡先などを聞く外部の会社の人間。

派遣でウチに短期で雇われた社員など。

彼女と一緒にいるだけであらゆる男があらゆる手段を用いて彼女に接近していた。

俺もその内の1人ではあるんだけど。

〇〇:先週なんてトイレの前で既婚者である釜澤副会長から「君に真剣なんだ!」って言われてましたよ

松岡:マッジ?!あのイケオジ副会長も山下さんのこと狙ってんのかよ〜…

松岡:難易度高すぎるだろ〜…

〇〇:ライバルが多すぎてまるでバトロワでもしてる気分になりますよね笑

松岡:それな

〇〇:なんで俺はこの荒野に来たんだろ…とか

松岡:でもだからこそ良い。俺はこのバトルロワイヤルを絶対1人になってみせる…

〇〇:夢って僕らの武器ですもんね笑

2人で午後のプレゼンのため、手を動かしながらも、こうやって美月さんについて話をする。

俺が彼女に秘めた思いがあることは言わなかった。

それと、彼女と俺が下の名前で呼び合ってる事、すでにプライベートでも食事に行ってる事、お昼休みも2人きりで5回はご飯に行ってる事。

なにもかもを言っていなかった。

だって正直、この戦は俺の勝ちだと思ってるから。

プレゼンが終われば俺は勝負に出る。

……

美月:だからこそ私達はこの企画を実現させる事が1番現在の状況を打破する一手だと思います

長くも短かった1ヶ月もついに終わり、3人での仕事もひと段落を終えた。

美月:いやー!やったね!私達!!

プレゼンが終わり、3人で自動販売機で買った缶コーヒーを片手に乾杯をしていた。

タイミング良く、全員で感想を言い合う最中、松岡さんはまた運悪く職場からの電話のため席を外す。

美月:いやぁ、1ヶ月…あっという間だったね〇〇くん

2人になった途端、美月さんは俺のことを下の名前で呼び、そう話しかける。

〇〇:そうですね、ほんとあっという間だったなぁ…

1ヶ月前、周りを見渡しても、知り合いのいない殺風景な地平線が広がる中、1つの花を見つけた。

生きる意味を見出せるほど、愛を教えてくれた、花のような存在。

俺は美月さんの事がすごい好きだ。

美月:〇〇くんもこんな私に嫌気を指してたりしてたんだろうけど、付いてきてくれてありがとう

〇〇:いえ、そんな事は全くありませんよ

〇〇:俺は今日、改めて1ヶ月前、美月さんと出会えて良かったなぁって思いましたよ

美月:え…?

神は俺の味方をしたらしい。絶好のチャンスが俺の前に降りかかる。

そうだ。ここで勝つしかない。

誰かのためじゃない。俺のため。

俺はライバルの99人くらい蹴落としてやる。

この命、闘うためにあるんだ。

〇〇:美月さん……良かったらこの後、俺と2人で飯でも行きませんか?

〇〇:お疲れ様会も含めて…それと…

〇〇:あなたに言いたい事が…

まるで全てを悟らせるような言葉を吐き出そうとした瞬間に、彼女の携帯は音を鳴らす。

美月:あっ、えっ、ご、ごめん……

そう言って彼女は携帯電話を手で覆い、「健人」と表示された画面を隠す。

そしてスマホの電源を落とす。

美月:えっと……ごめん、話の腰折っちゃったな

やはり恋というのは盲目だ。俺は一番大事な点を見落としてしまったいた。

〇〇:いやいや、彼氏さんからですか?

落ち着いた様子でそう聞くと、美月さんは顔を真っ赤に染め上げて、頷いた。

美月:う、うん……実は……今から久々に会うんだ……

美月:3週間ぶりだから……すごく緊張してて、実は…さっきの〇〇くんの話もしっかり聞けてなくて…

そして俺はヘッドショットをぶち抜かれる。

美月:えっとなんだっけ?次はちゃんと聞くから!もう1度聞かせて?

なんの悪気もなさそうに美月さんはそう言う。

心のHPが1mmも残ってない俺は、ダウン状態になりながらも最後の足掻きを見せる。

〇〇:いえ、また3人でお疲れ様会でも行きましょう

〇〇:今日はもう定時ですし、金曜ですし、早く彼氏さんに会ってあげてください……

美月:そうだね……早く……会わなきゃ……ね

自分に言い聞かすようにして、女らしい笑みを浮かべながら彼女は頬を染め上げた。

美月:絶対また3人でお疲れ様会行こうね!幹事をするのも新人の仕事だからね?!

美月:分かった?!〇〇くん!!

カバンの中に自信の仕事道具をしまい、美月さんは帰り支度をささっと済ます。

〇〇:はい、松岡さんにも言っておきます…

美月:じゃあまたね!〇〇くん!君と仕事ができて私も良かったよ!じゃあね…

そう言い残し、美月さんは私の彼氏の元へと向かう。

〇〇:なんだよ……それぇ……

こうして俺は天国という幻想に溺れ、運命を受け入れようと思った。

6話 「Wilderness world」

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