くだらないと君を物語に乗せて #7
7月12日、久々の失恋からケロッと立ち上がり、笑い話へと昇華できるようになった頃。
相変わらず地元の仲の良い女達は思い立ったように仕事中でも関わらず、連絡を入れて、半ば強制的に飲みの約束を当日に入れてくる。
「〇〇、今日飲み行くよ」
「そっち行くから東京駅の前に18時に集合、いいね」
「真佑ちゃんは都合悪いらしいから2人で」
と、俺の返事を聞く事なく、遥香は予定を勝手に立て始めていた。
〇〇:相変わらず…勝手な奴ら……
と、文句を言いながらも、真佑なしで遥香と会うのは初めてだったので少し浮かれていた。
しかし懸念点もあり、彼氏的には男と2人で飲みに行くのは良い物なのかと。
〇〇:まぁ、なんもないし大丈夫だろ
そう割り切り、俺は残業をせずに済むよう、普段とは違うやる気で仕事を捌き始める。
……
遥香:ねぇ!!なんで浮気なんてこの世にあるのよ!!
酒が入り、少し頬が赤くなった遥香は、そう言い放ち生ビールの入ったグラスを机に置いた。
〇〇:ちょっと…落ち着いてくんない??
突き出しの枝豆をポイポイと口に頬張りながら、乾杯後の2口目のビールで酔い始める遥香を眺めながら、そう言った。
しかし初めて知った。
遥香は意外と酒が弱く、未練がましい奴だった。
〇〇:遥香に彼氏が出来たのがたしか…クリスマスの直前くらいだったっけ?
遥香:うん、12月21日……
机に項垂れながら遥香は正確に答える。
〇〇:ふふっ、記念日まで丁寧に覚えてんじゃん笑
遥香:う、うっさい!そんなの覚えてるに決まってるでしょ!!ま、まだ…別れてないんだし…
〇〇:え?!浮気されたのに別れてないの…?
正直ドン引きだった。
浮気と言う最悪な行為をされたのに、それでも離れないのはなぜだろう。そんな疑問が頭に浮かぶ。
遥香:だって……まだ好きだし……
〇〇:好きも何も…裏切られたんだよ?
遥香:それはそう、このまま付き合い続ける気なんて一切ないけど……でも……
そう言うと、遥香は少しうるうるとした目で俺の目をじっと見た後、ビールを飲み干した。
〇〇:お、おぉ……行くなぁ……
遥香:〇〇!今からあいつの好きなところと嫌いなところを交互に言うから!聞いて!わかった?!
〇〇:すみませーん、赤兎馬のソーダ割り1つで〜
遥香:アンタ何私のふられ話で芋焼酎楽しもうとしてんのよ!!
〇〇:だってそんなおもしろそうな話聞くのに生ビールなんて飲んでられないじゃん笑
一応聞いてあげるという意思表示をすると、遥香は立ち上がり、俺の頭を撫でた。
遥香:やっぱりアンタは最高だよ!〇〇!!
〇〇:ど、どうも…
ガシガシと俺の頭を掴み、左右に振る。遥香は見てわかる通り出来上がっていた。
遥香:真佑ちゃんがアンタを気にいる理由が改めて理解できた!!
遥香:すみません!ハイボール1つ!!
勢いに任せ遥香は追加の酒を頼む。
遥香:アンタが気になってるであろう、どうして浮気に気づいたかを教えてやろう!!
〇〇:お!待ってましたぁ!!
……
遥香:ううっ、のみずぎだぁ…
お店から出た時、遥香はすでに限界を超えて、もはや吐きそうな域に到達していた。
肩を貸し、俺達は東京駅へと向かう。
〇〇:大丈夫か?遥香?
遥香:うん、大丈夫だよ。なつく…っ…〇〇……
肩を組みながら、遥香は彼氏の名前を呼ぼうとして、その過ちに気づき、訂正した。
〇〇:そっか……
遥香:……
遥香:ふふっ……私…ほんっとダメだな……
自分の実現により、少し酔いが覚め始めた遥香は、弱々しい声でそう呟いた。
遥香:どれだけ酒を飲んで、悪口を言って、忘れようとしても、忘れられない…
遥香:彼と過ごした日々が、感情が…
遥香:まだ、私……なつくんが好き……
遥香:でも彼は、私なんてもう……
遥香:ほんとバカだなぁ……私って……
その言葉と同時に、俺は大学1年生の時、とある人を好きになったあの日を思い出した。
真佑:っ……もう……無理……
夕暮れ時のため誰もいない食堂、で真佑はいつもと違う様子で、そう言った。
偶然補講を受けていた俺は、そんな真佑の姿が目に入った。
1番の異性の友達として、俺は彼女を励ますべきだと思い、歩み寄ろうとした。
しかし隣には先約がいた。
遥香:大丈夫だよ、真佑ちゃん
簡単な慰めを言ったかと思えば、賀喜遥香と呼ばれる真佑の幼馴染は、真佑の頭に自信の頭をつけ、左手で頭をそっと撫でながら、右手で手を握る。
遥香:今は泣きたいだけ泣けば良い。その間は隣で私がいてあげる
遥香:私は人の心を温められる言葉は持ってないけど、真佑ちゃんの隣にはいれるから…
遥香:だから、思う存分泣いたらいいよ
そう言って、遥香は目を瞑り、必修科目である講義を飛び、真佑を慰め続けた。
そこから、真佑は俺と遥香を繋げ、大学内で3人で過ごす事が多くなった。
共に過ごす事で、俺の心は彼女に癒されていた。
まるで枯れない花のような綺麗な心、日向のような明るい存在、母親のような安心感。
きっと君は覚えていないだろう。
だけど、俺はそんな君なことを、君との時間をずっと覚えている。
やっと言える。俺は彼女に。
〇〇:遥香
〇〇:俺、遥香の事……大好きだよ
あの時とは違う感情だけど、俺は彼女に言いたかったセリフをようやく言えた。
遥香:え……?
どう言う意味合いで俺がこの言葉を使ったのか理解できない様子を浮かべ、遥香は動揺している。
〇〇:なんで遥香はそんなに優しいの?
〇〇:悲しみとか、怒りとか、憂鬱を感じる事とかないの?
〇〇:どうして辛い時も、君は君のままでいようとするの?
〇〇:困ってる事があるならわがまま言ってよ。俺たちにいつもさせてくれたように
遥香:っ……
彼女がいつも側でそうしてくれたように、俺も俺らしくありたいと願い、微笑んだ。
遥香:〇〇ごめん……ちょっとだけ、肩貸して……
〇〇:んっ、好きなだけ泣きな
〇〇:人を慰められるほど、素敵な言葉は持ってないけれど、遥香の隣になら、いてあげるから…
遥香:う、うぅっ……うわぁ〜ん……
俺の貴重な大学1年生の夏から、2年生の冬という長期間の恋愛感情を独り占めした花は、大声をあげ、俺の肩に寄りかかり泣いていた。
そうして、俺は右手で彼女の手を握り、左手で彼女の頭を撫でる。
彼女に教えてもらった。愛は与える物だと。
だから俺は彼女に無償の愛を捧げよう。友達として。
これからも枯れることのない、白く可憐な遥香と言う花が咲く頃が来る事を祈って。
7話 「ハルジオンが咲く頃」