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くだらないと君を物語に乗せて #4
5月31日、仕事を始めおよそ1年と3ヶ月目に突入しようとしたその日の会議の事だった。
??:う〜ん、山家くんどう思う?
フロアが1つ下の課に所属する4年先輩の山下さんこと山下美月さんは俺の2期先の松岡さんが提示したパワーポイントの企画案を指差して俺にそう言った。
〇〇:僕は…少し準備期間と計画が見合ってない気がしますね…
不意に声をかけられた事に動揺しつつも、具体的かつ重要な意見をうまく述べる。
松岡:なるほど、確かにそこは否めないな…
美月:まずはそこもだね。でも私的には…
3日前、課長から突然言われたのは、6月から7月の間は、他の課の先輩2人と協力をし、とある案件を無事にこなせとの事だった。
美月:まぁ人数は割と文句なしだね、足りない場合はこの人事部の大エースの山下先輩がどうにかしよう
松岡:ありがとうございます!
松岡:やっぱり山下さんって頼りになるな。前々から仕事を一緒にしたいと思ってたんです
少し見え透いたようなお世辞を言う松岡さん。正直あんな男前に生まれたのならあんな風な発言で多くの女性を落としてきたのだろう。
〇〇:(なんてスマートな…)
美月:ふふん!そうだろう!流石松岡君だ!!
しかしイケメンなスマート発言を物ともせず、いつも通りのおちゃらけた先輩感でいなす。
〇〇:(うぉー、うまいなこの人も…)
先輩2人の一挙手一投足全てが自分の成長の踏み台のように感じ、俺はなんとなく勉強になった。
美月:じゃあ次は山家くんの案を見ようかな
〇〇:はい!用意します!
松岡:山家くんは独創力が天才だって梅澤さんから聞いたから楽しみだな笑
〇〇:頭のネジが足りないだけですよ自分は笑
美月:天才新人が現れるかもね笑
松岡:ですね笑
〇〇:期待だけ膨らんでく!!
2人と梅澤先輩からの過度な期待を背に、3週間をかけて作った企画案を提案する用意を進める。
〇〇:じゃあ自分の発表を始めます
……
美月:山家くんのすごく良かったよね?荒削りな部分も多いけど視点がかなり良いと思う
松岡:自分も正直天才としか言えませんでした笑
〇〇:いやいやいや!お2人に比べたら自分なんて、全く利益やコストの事とかまだまだで…
正午を回り、会社の近くのうどん屋で3人でテーブルを囲んでいた今この瞬間。
横と前に座る先輩達が俺を俺の嘘と偽りまみれの目と社会に合わせるような企画案が褒められていた。
正直、俺はこの案件に大した思いも興味もなかった。
本当の自分は最低で、自己嫌悪で出来上がった偽善的な企画案を提出したつもりが、2人の先輩により新たな観点を得ていた。
美月:そんなのはここから私達と君で調整していくんだから自身もちなよ
松岡:そうだよ。本当に俺は山家くんの企画はすごいと思ってるよ
そんな風に言って、2人はうどんを啜りながら、俺の仕事に対する意欲を刺激する。
〇〇:ありがとうございます!!
〇〇:お2人にこんなに褒めてもらえるて嬉しいです
〇〇:正直、お2人の事は入社式の時からかっこいいなって思ってたんで、ほんと…恐縮です
先程松岡さんが使った年下テクを上手く活用し、梅澤さんから頂いた"入社式で挨拶をした10人の内の2人"と言う情報をあたかも自分の記憶力のように使う。
美月:え?!私達が入社式にいた時のこと覚えてるの?
〇〇:はい、お2人の事はなんか記憶に残ってて、だから人事部と営業部には入りたかったんです!
〇〇:2人の姿が本当に……憧れで……///
〇〇:(これで……どうだ!!照れも見せたぞ!?)
他人に気に入られるため、捻じ曲がった俺の性格は、反応を伺うため、2人をチラッと覗く。しかし。
松岡:はっはは!この子は本当に素敵な子だ!なんたってこの俺の偉大さを理解してる!!
美月:こら松岡くん、君は調子乗る所が悪い癖だぞ笑
松岡:あはは、すみませーん笑
俺の後輩ムーブは松岡さんの山下さんとのイチャイチャムーブへと移行されていた。
〇〇:(やっぱりこの人……山下さんの事好き説あるかもしれなくね?!)
まだまだ思考がクソガキな俺はそう結論づけた。
そんな矢先、松岡さんが机に置いた携帯電話がブルブルと振動し、着信がある事を告げた。
松岡:あ、すみません!ちょっと上司から電話が来たので、出ますね!!
そう言って、松岡さんはコップに入った水を飲み込み、携帯電話を耳にあて、外に出た。
美月:お昼だってのに大変だねぇ…
まだ半分以上も残ったうどんを啜りながら山下さんは、松岡さんの姿を見て言った。
〇〇:営業部は昼も勝負ですしね…
定型分のような返しをし、俺も目の前のうどんを平らげるために麺を口に運ぶ。
美月:て言うかさっき言ってた事ってほんとなの?
隣に座る山下さんは俺に聞いた。
〇〇:はい、山下さんと松岡さんだけは僕達新卒に向けて応援してくれてたので、「頑張れ」って
〇〇:だからこころにのこってるし、この先も仕事する機会があるなら嬉しいなって思ってました
入社式の頃からさくらという美人な恋人関係になりそうな存在がいつつも、社内の美人に目をつけていた俺は、山下さんをハッキリと覚えていた。
壇上し、スピーチ後の「頑張れ」発言も、もちろん美人からの応援を無駄にしないための記憶だった。
松岡さんがいた事も応援してくれたのも知らないけど、まぁ多分言ってた気がする。
美月:ふふっ、〇〇くんは本当に良い子だね
〇〇:っ?!
突然の年上女性からの下の名前呼びに俺は驚きを隠すことが出来ず、喉を詰まらせる、
〇〇:ゲホッ!ゲホッ!
美月:え?!大丈夫?!そりゃ食べてる途中に話しかけたらそうなるよね!ごめんね!!
そう言って俺の背中をさする。
〇〇:す、すみません…むせました笑
名前呼びされたからと言う童貞みたいな喜びを隠すために、俺は笑顔の下の本音を誤魔化した。
食べ終わり、松岡さんがそのまま別館に向かったため、帰り道は山下さんと2人だった。
美月:実はね…
〇〇:はい
美月:私も〇〇君の事は少し前から知ってたんだ
〇〇:え?!ど、どうして?
美月:私と美波は同期だから、〇〇くんが入ってきた時とかも名前は聞いてたんだけどね
美月:私が君に興味を持ったのは去年の11月くらいの事だった気がする
それを言われた時、俺の11月の事なんて、さくらと別れた時のことしか記憶になかった。
美月:この話、嫌なら言ってね
〇〇:はい…
美月:美波って割とお喋りじゃん?だから君が美波に彼女の"さくら"ちゃんの事を相談してたのは聞いてたの
〇〇:え?!そ、そーなんですか…
まさかまさかの発言。あの先輩他人に俺の情報を横流ししてやがった。
美月:でもね、君が別れたって美波に報告した日、私は偶然君の部署の前を通ったんだ
美月:別れて辛いはずなのに君は優しく、笑顔で電話対応をしていたのを見たんだ…
美月:それを見て、私には出来ない…そう思ったんだ
〇〇:……
美月:だからさ、君みたいに自分の辛さよりも今すべきことを出来る人なんてそうそういない
美月:だから私は君を本当に尊敬してる…
美月:だからね、今度また辛くなった時とか苦しい時は無理せず、この美月さんに相談しなさい!いいね?
ここに来てまさかまさかの急展開。俺の知らない所で俺は自分の行いを見られていた。
俺はたまらなく嬉しくなった。
〇〇:ありがとうございます…
そして俺は勇気を出し、恐る恐る羽ばたいた。
〇〇:これから困った事があったら、み、美月さんに頼らせてもらいますね!
4期上で4歳年上の女性、そんな方にいきなりの下の名前呼び、真面目な人なら許さないだろう。
でもなんとなく、その場の流れでいけるかもと思い、俺は「美月さん」呼びをしたのだった。
美月:ふふっ!ほんと可愛い後輩だな!〇〇くんは!
怒る事なく、山下さんは俺の頭を撫でる。
美月:やばっ!あと10分しかない!いこ!〇〇くん、遅刻しちゃう!
そう言って美月さんは走り出した。
〇〇:はい……
何も予期できなかった。それはまさかまさかの急展開が続き、世界が変わった。
全てが一瞬の出来事だった。
〇〇:恋って……本当に……
4話 「Out of the blue」