私は、強制的な不妊手術のせいで生まれていなかったかもしれない - 旧優生保護法
身体障がい者の祖父を持つ私の立場から、20年前まで存在していた優生保護法、特に本人の同意に基づかない強制的な不妊手術について
なんか難しい感じに見えるかもしれないけど、「当事者が国に訴えている『賠償』が表す損失って私のことだよ」「この法律のせいで私は存在していなかったかもしれないよ」という話です。
私が強制不妊手術について書く理由
私がこのことについてnoteを書こうと思った理由はただ一つ、私自身が身体障がい者の祖父を持つ人間で、もしかしたらこの非人道的な法によって、人生がまるごと存在していなかったかもしれないからです。
実際に同意なき不妊手術で人生を変えられてしまったあまりにも多くの人々が歩めたはずだった人生、
誰かの「平凡な」おじいちゃんおばあちゃんとして、時に苦労しながら愛する家族に囲まれた暮らしについて、リアルなものとして捉えてもらえるのではないかと思いこの記事を書きます。
優生保護法と強制不妊手術について
「優生手術」という言葉があります。
「病気や障害をもつ子どもが生まれてこないようにする」という名目のもと、しばしば本人の意思に反して行った不妊手術を、正当なものとして表現していた言葉です。
日本では第二次世界大戦後1949からつい最近の1996年まで、全国で2万4991人が同意なく不妊手術をされました。
病気や障害をもつ子どもが生まれてこないようにする、と言いながら、「遺伝性疾患」だけでなく、遺伝性以外の病気に拡大し、本人の同意なしに不妊手術を実施できるようになっていました。
さらには、この基準さえ専門性のない人間によってあやふやに運用されており、後天的な聴覚障害があるだけで無断で不妊手術をされたり、ひどいものでは10代のとき、素行が悪いからという理由で対象とされたのです。
私のおじいちゃん、岩間吾郎
私の祖父、岩間吾郎は現在92歳の1928年東京生まれ、東京育ち。門前仲町の呉服屋の長男でした。小児性脳性マヒがあります。
早稲田大学を卒業後に起業、現在も家業で社長を務めています。
体にマヒがあり発話にも困難がありますが、賢い人で文化に精通し、まだ海外旅行が珍しかった時代から70回以上も渡航して世界を見て回りました。
山登りが好きで、免許を返納するまでは車も運転しました。
コンピューターも早くから使いこなし、複数の著書があります。
こんな彼に、誰かに「足りない」と言われるようなところなんてありません。
でも、コップを持つこともできなければ、支え無しに歩くこともできない(今は92歳のおじいちゃんなので、それが特別なことのように思えませんけれど)、会っていただければ、誰でも一目で体に障がいがあることがわかる人です。初対面であれば、会話の聞き取りも難しいかもしれません。
反面、彼が都市部の裕福な家に生まれたことは、この記事の背景からすると額面以上に恵まれたことだったのかもしれません。
強制不妊手術が奪ったものを、今まさに生きている
障がい者に対する強制不妊手術が合法であったのは1949~1994年。
私の父は1958年に生まれ、叔父は1959年生まれです。
昭和末の1986年には姉が、1988年には私が生まれました。平成になって叔父には昨年結婚した長男と、今年高校を卒業して大学生になった長女がいます。みな祖父にしこたま甘やかされて育ち、利発で健康、輝かしい未来のある姉妹従兄妹たちです。
私は今年、強制不妊手術の被害にあった小林宝二さん(88)喜美子さん(87)ご夫妻の話を知りました。
結婚後2カ月で妊娠が分かるが、その直後、医師と2人の母親が話し合い、喜美子さんは中絶・不妊手術を受けさせられた、というのです。
夫妻には聴覚障害がありました。
子供が欲しかった…旧優生保護法で子供を奪われた聴覚障害者たちの悲痛な叫び【岡山発】
https://www.fnn.jp/articles/-/12457
これは、まったくの殺人です。親の耳が聞こえないただそれだけです。生きる権利がないということに何の合理性正当性もありません。
後から知らされ、子どもが欲しかった、と身を寄せてうなだれる2人を見て、胸が痛まない人がいるでしょうか。
これは私のことだ、と思いました。
彼らと同世代で障がいのある私の祖父。
不妊手術を強制されていたかもしれない。
この時奪われた命、絶たれた未来は、私のものであったかもしれないのです。
私たち親子6人、もしかしたらこれから生まれるかもしれない私たちの先の世代の子どもたちの人生でもあります。
当事者たちが勇気をもって、声を上げ出した
2018年1月、宮城県内に住む60代の女性が全国で初めて裁判を起こしました。旧優生保護法の違憲性を問い、国家賠償請求をしました。
2019年4月、被害者救済法成立しました。
いま、あとに続く国家賠償請求がたくさん起こっています。
メディアでも多く取り上げられる中、勇気を持って訴えを起こした人々の声はとても力強いです。
人生をかけた苦しみ、悔しさ、怒り、そして愛の言葉には何物も覆せない重みがあります。
私がこのことについて語ることで、違った人生を歩めるはずだった、という彼らの言葉に、具体的なシルエットを持たせることができるのではないかと思い、このnoteを公開します。
この問題にどうやって向き合うか
まず、この法は戦後最大級の人権侵害と言われており、容認できなければ、取り返しもつかないことです。
この非人道性は明らかに、未成熟で前時代的な価値観から来たものです。非論理的(法律自体の目的から見ても運用の正当性が欠如している)ですらあります。
私が子どもの頃、当時の東京都知事石原慎太郎氏を軽蔑していました。1999年に重度障がい者の方たちが治療を受ける病院を視察しては「ああいう人ってのは、人格があるのかね」と発言するなど折に触れては他者を侮辱し続けています。(今も。)
この人は独善的で、自分がすべて全く正しいのであり、自分が違うと思った属性の人はカテゴリ分けし、「劣っている」「かわいそう」とレッテルを貼ります。
「どうやって差別するか」という教科書みたいな人なので、当事者がきちんと反論でき社会が多様性を認識した今の時代にはもう、変わることもできなければ、ついて行くこともできないでしょう。
優生保護法の背景にある考え方は、「優生学」と呼ばれていました。ナチス・ドイツのアドルフ・ヒットラーが旗振り役として有名です。(第二次世界大戦下のドイツでは、障がい者そのものを殺害していました。)
第二次世界大戦後、危険な思想であるということでだんだんと支持を失い、いまでは科学的にも根拠がなく学問として成立もしないと否定されています。
こういった考え方がまだ「正道である」とされていた時代に、「良かれと思って」取られた施策が優生保護法だったのです。
不妊手術を強要した加害当事者たち、被害者の親たちも、「これが正義である」と言われ、信じ、加担しました。「辛いけれども従わなければ」という社会の圧力も被害者加害者ともにあったでしょう。
この件に関して、当事者性のある加害感情を持っている者がいないのです。
そういったときに被害者救済法には意味がある、と私は思います。
社会、つまり我々ひとりひとりが未成熟であったために人を深く傷つけ、また社会そのものへの損失も生み出した。
(私の祖父1人が6人の子や孫を生んだのなら、2万件の手術がなければいま12万人の市民になっていたのかもしれない。また先進国として近年まであったことが恥ずかしい法律です。)
そのことについて、個人に罪は着せられないけれども、国として謝罪することは、知性と誇りある人間として私たち今の世代が唯一できることだと思うのです。
2020年6月30日、手術を強制された東京の男性が国に賠償を求めた裁判で、東京地方裁判所は訴えを退けました。原告側は、控訴する見通しです。
おわりに
私は、強制不妊手術について訴えを起こした人々を、弱く気の毒な人たちだと思いません。当事者が声をあげるまでは、この問題は認知すらされていなかったのです。
困難があっても人生を生き抜いてきた強さと知恵、声をあげる勇気を持った尊敬すべき人たちです。
この国にひとつの大きな投げかけをし、考える機会をくれたこと。
傷ついたことを表明し、謝罪の機会をくれたこと。
訴えることのできなかった多くの人たちの代わりに行動し、世の中をより良くする機会をくれたことに感謝し、支援の意を表明したいと思います。
私が先述の小林夫妻のお話をNHKの番組で初めて知ったとき、12年来のパートナーと一緒に話を聞いていました。お互いへの愛情のぶんだけ悲しみが増す残酷さに、引き裂かれるような思いがしました。
この件に関して私はまだ勉強中です。優生保護法には堕胎に関わる女性の権利についての側面もあり、もう少し知識を深めていきたいと思います。
この記事を、私たち家族を今も守ってくれている祖父岩間吾郎と、それを生涯にわたって支えた祖母金子キミに捧げます。
参考
16歳で不妊手術を強いられた。旧優生保護法が2万4991人の生殖機能を奪った理屈
https://www.fnn.jp/articles/-/29861
旧優生保護法の被害者救済法が成立し、強制不妊手術の被害者たちは“救済”されるのか
https://www.fnn.jp/articles/-/29884
優生保護法による強制不妊手術国賠訴訟関連まとめ
http://www.soshiren.org/motomerukai/index.html
いびつ伝 日本最初の養護学校を創った柏倉松蔵の物語 - 岩間吾郎
https://www.amazon.co.jp/dp/4160089542/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_-G2-EbE2ES5ZX