自分のセクシュアリティをぼんやり自認し始めたきっかけの話③
こちらの記事の続きになっております〜
高校は、都内にある私立の女子校に進学した。
立地が立地ということもあり、千葉・埼玉・茨城など、生徒は様々な都道府県から通っていた。
中学でうまく馴染めず、すっかり内向的な性格になっていた私は、生まれも育ちも違う人たちと果たして無事に学校生活を送れるのか…という不安でいっぱい。
結果的に、3年間の高校生活は間違いなく今までの人生の中で最も充実した日々になり、心から大好きな生涯の友ができた。私の甘酸っぱ(くはな)い青春。
そんなキラキラとした日々の中で、私は出逢った友達からたくさんの影響を受け、そして少しずつではあるけれど、自分なりに良い方向へとマインドを転換できた出来事がある。
入学してすぐに、クラスでいくつかの仲良しグループのようなものが出来た。私はたまたま席が近かった5人グループの1人に入れてもらうことができ、「取り敢えず独りで浮くことはない…!」と、内心ホッとしていた。
基本的に移動教室や休み時間・お昼休みなど、常に行動を共にするので、いろいろな話をするのだが、やはり少し苦痛だったのが''恋バナ''の時間。
「中学から付き合ってる彼氏がさー😭」
「ねえその気持ち分かる!まじムカつくよね😠」
「ムカつくと言えば、うちもこの前…😔」
ねえまじ助けて。何も分からない。
みんな生き生きと楽しそうに喋ってる。嬉しそうに話してたかと思いきや、急に怒り出して愚痴り始めたり、なんだか切ない顔を見せたり…こんなにくるくると表情が変わるなんて、一体全体、恋って何者?
何が彼女たちの心をここまで揺さぶるの?
この時間が早く終わればいいのに、なんて思ってるのは私だけだと改めて感じ、せっかくグループに入れたのに、少し疎外感を感じるほどだった。
今まで、異性との出会いが全くなかった訳ではない。むしろ、同じマンションの幼なじみや習い事、母親の友人の息子など、割と人並みに出会いはあった方なのではないかと思う。
なのに、どうしてだろう。
いいなあ。私もこうなりたかったなあ。
もう無理なのかなあ。
そんなことをぼんやり考えていた、ある日。
「ねね!夏緒ってさ、まだ好きな人いないんでしょ?😊」
「うん」
''まだ''という部分にやや違和感を感じながらも、仲良しグループの1人の子に聞かれた私は、素直にそう答えた。すると、
「まあでも色んな人いるしね!女の子が女の子を好きになったって、男の子が女の子になりたいって思ったって自由なんだもんね。いいじゃん、夏緒はさ、恋にとらわれない沢山の''好き''を大切に出来るタイプなんだね」
その言葉を聞いた瞬間、私は本気で泣きそうになった。
自分はもしかしたら、誰のことも好きになれない冷たい人間なのかと思ってた。
心が欠陥品で、誰のことも愛せないから、誰にも愛してもらえないと思ってた。
自分には理解できない感情への羨望や焦りから、とにかく視野が狭まっていた。
だから、わたし自身も気付けなかった、わたしの中にちゃんとある''好き''を見つけてくれたその子には、感謝してもし足りない。
本当に、本当にありがとう。
ちなみに、その子の一言がきっかけで、ジェンダーや様々なセクシュアリティに興味を持ち、スマホやパソコンで色々調べた結果、AセクやAロマの存在を知った。私だけじゃないんだと心がとても軽くなったのを覚えている。
ただ、今は正直、あまり自分のセクシュアリティを定義化しない方が楽だなあ…なんて、また考え方が以前と変わってきたけれど、それはまた別の話。
最後までゴチャゴチャな文章で本当に申し訳なかったです😢書き上げてから「今回の記事で私が伝えたかったことは?」と自問自答してみた結果、そもそも脳味噌内が非常にゴチャゴチャしており「そりゃまとまるもんもまとまんねえわ」と納得しました。(小並感)でも、もし、もし、この記事を読んで下さった方が「周りと違うことって別に怖いことじゃないんだな」「周りと違う自分のいいとこ、ちょっと見つけてみようかな」なんて、少しでも考えるきっかけになれたら嬉しいです。