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君とどこまでも、そうネザーの果てまでも

田園調布駅のホームにて

仕事好きな二人でくっついた。夫との関係はそういう感じだった。

そんなわけだから土日も普通に仕事をしている。珍しく外デートだったその日も、電車を待つホームで、夫は会社のSlackを確認していた。

「なんか久々にゆっくりしてるよね。最近は二人とも、忙しかったし……」

このあたりで泣いてしまった。誰より自分が驚いていた。

夫はぎょっとして「帰る?」と提案してくれたが、予定通りホットヨガに向かった。

静かなかんしゃく、そのくらいの感覚で、私はその出来事を忘れた。

ワーカーホリックのカンフル剤として

ところが数日後、神妙な様子で夫が切り出した。

「マイクラをやろうと思うんだけど」

「マイクラ。」

要するにこうだ。

我々の性格では、単に仕事をせず、のんびりする時間を持つのは難しい。

かといって外出は好きではないし、家の中で楽しめることを見つけたい。そう考えると、二人でマイクラに取り組むのがベストソリューションじゃないかと。

「やるか……」

大体こういう感じで、二人の冒険が始まった。

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溶岩近くにタワマンを建てる

マイクラには説明が少ない。服1枚で原野に放り出されたかと思うと、十数分後にはゾンビが襲いかかってくる。

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前知識なしでゲームスタートし、あえなく惨殺された我々は、YouTubeで情報収集することにした。

そこで見つけたのが、芸人・よゐこの『マイクラでサバイバル生活』。任天堂公式チャンネルが配信している動画で、第1回は「操作を覚えただけ」で終わるという、まことに真実味の高い内容となっている。

「あーなるほどね。木で道具を作るわけか」

「鉄はいるよな。ゾンビ来たらシバかなあかんし」

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ゾンビから剥ぎ取った装備で身を守る二人
ちぐはぐなコーディネートが誠にダサい

小さなボートに身を寄せ合い、生活に良さそうなエリアを探す二人。

「やっぱり溶岩の近くがええんちゃう。明るいし」

「ええけど、絶対間違って死ぬと思うけどな」

「ちょ、ガラス作れるやん。タワマン建てようや」

「まあ、ええけどやな……」

こうして、第一の拠点『タワマン』が完成した。アルバムを見返すと、本当にたくさん写真を撮っていて、楽しくて仕方なかったんだろうと思う。

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村を乗っ取り、本拠地『砂漠拠点』が完成

操作を覚え、少しずつ難しいことができるようになってきた。そろそろ村人との交易にもチャレンジしようと、砂漠バイオームに見つけた村を乗っ取ることにした。

この頃には二人ともすっかりマイクラにハマっていて、会社員の夫はともかく、フリーランスの私は夜中の3時までマイクラに熱中するありさまだった。

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ログインするたびに発展していく拠点を見て、「やりすぎでしょ!」と驚かれるのが誇らしくもあり、大人としてヤバいか?と危機感を覚えたりもして。

ともかく話題が増えたことは確かで、「次の土日はイネの耕地面積を増やしたい」などと相談しながら、拠点を発展させていった。

ネットで見つけたアイディアに添い、おしゃれなインテリアを作ったり、

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派手なカラーリングの羊(通称:サイケ羊)を増やしたり、

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初めてのダイヤを見つけたり。

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おしゃれな暖炉を依頼したら、うっかり自宅が炎上したこともあった。

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三級建築士の欠陥工事
この頃はまだ同居していなかったので、LINE通話をつなぎながら遊んでいた

しっかりとした拠点ができると、探索範囲も広がっていく。

ピラミッドを見つけたり、

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仕掛けにハマって爆発したり。

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裸一貫で飛び出しては「死亡しました」の通知を飛ばす私を、夫は「もぉ〜」と言いながら、地図を片手に迎えにきてくれるのだった。

それぞれの実家で挑んだ『海底神殿』保存作業

自動化装置やダイヤ採掘にもチャレンジし、一定の生活基盤が整ったある日。夫は、次の目標に『海底神殿攻略』を推した。

「なんか、少年の心がくすぐられんねん…」

「それはやるしかないな」

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海中にぼんやりとのぞく海底神殿
巨大な建造物で、中にはボスが眠る

となれば、海中対策が必要。この頃はまだポーションの醸造ができなかったので、カメの甲羅(水中でも少しだけ呼吸ができる)をゲットすることにした。

Switchの画面がもっさりするほどカメを繁殖させる我々。無事に甲羅(通称:カメヘル)を装備し、巨大な海底神殿へ挑みかかっていく。

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「ヤバい!またドゥーン(※呪いの効果音)された!」

「アカン溺れる!遺品は頼んだ……」

ワァワァ騒ぎつつ、なんとかボスを倒す。これで神殿は我々のものだ。

この頃、季節は年末に差し掛かっていた。「あとは埋め立てて、ガラスで壁つくって、いい感じに保存したいな」そう話し合い、お互いの実家へ向かう。

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実家の布団で、

「マジで果てしないわこの作業。てか要る?この拠点」

「まあ、周りに何もないのは確か」

「でもロマンなんやろ」

「そやねん」

「じゃあやるしかない」

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そう話し、水抜き作業をもくもくと進める。丸三日を投じたが、その後も、この拠点を利用することは特になかった。

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そしてドラゴン討伐へ

マイクラには決められたゴールがない。ひたすら耕地面積を増やし、大農場の主になるもよし。東奔西走し、地図を限りなく広げるもよし。芸術的な建築を楽しむもよし。誠に間口が広く、奥の深いゲームと言える。

とはいえ、形式的に設けられているエンディングはある。「エンダードラゴンの討伐」だ。

「やっぱ次はドラゴンちゃう」

「じゃあ、ネザー(※地獄ダンジョン)かあ」

多少ネタバレになるが、エンダードラゴンを討伐するにはそこそこ面倒なステップを踏む必要がある。

ドラゴンは要塞の奥深くに位置する「エンドポータル」の先、果ての世界(ジ・エンド)をぶんぶん飛び回っている。

ところが、

・要塞を探すアイテムを作るのが大変
・要塞を探すのが大変
・仮に要塞が見つかっても、「エンドポータル」を見つけるまでが大変

なのである。

「これは果てしない話になってまいりましたよ」

そう覚悟を決め、必要なアイテム「エンダーアイ」の材料をネザーまで探しにいく。案の定、ストレートには見つからない。

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溶岩に落ちないよう、スニーク(しゃがみ)で探索
ビジネスパーソン同士の挨拶みたいになってしまった

「うーん、他の場所にネザーゲート開いた方がよさそう」

「じゃあ海底神殿にゲート開く?いい感じにヤバい雰囲気出るし」

ロマンにはロマンを。さっそく、使わずじまいの海底神殿に移動し、ゲートを開く。

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すると、

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いた。

お目当てのモンスターがウジャウジャ湧いていたのだ。海底神殿攻略が、まさかの伏線だったとは。(※偶然です)

乱戦を制し、無事に要塞探しへ歩を進める二人。このあたりは記録が残っていないのだが(相当楽しかったためと思われる)、要塞に到着し、エンドポータルを完成させた瞬間の写真だけが残っていた。

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裸一貫タコ殴りでドラゴンを制す

こうして、いよいよドラゴンの待つジ・エンドへ飛び込んだ。

ここには黒曜石でできた柱が10本そびえ立っており、柱の頂上には「エンドクリスタル」が輝いている。ドラゴンはここから体力をチャージするため、先にクリスタルを破壊するのが重要だ。

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柱の頂上に燦然と輝くクリスタル
触れると爆発するので、弓矢で狙うか、自爆覚悟で突っ込むしかない

慎重に攻略する人なら、強い装備でガチガチに固めて、魔法もかけて、薬も飲んで、と万全の体制で挑むのかもしれない。けれども私は無鉄砲で鳴らす身、Tシャツ1枚で特攻である。

「私がクリスタルに特攻して爆死するから、持ち物回収して」

「ノーガード戦法やん……」

「ヤーーーー!」

「もう行くの!?」

言うが早いか柱に突っ込み、爆死を繰り返す。ドラゴンは回復の術を失い、中央で休み始めた。

「あっ、ここアンチ(安全地帯)や!」

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夫が気付く。ドラゴンの真下に潜り込めば、一方的に攻撃できる!

「オラオラオラオラ!!」

「いいぞいいぞ!このままシバけ!!」

二人がかりで卑怯なパンチを繰り出す。

素手でタコ殴りにされたドラゴンは、哀れ、エンドの空に消えた。

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二人の世界は埼玉と、Switchの中に

マイクラはその特長から、教育分野でも利用されているコンテンツだ。実際に、教育に特化した「教育版(Education Edition)」も開発・提供されているほどで、子どものクリエイティビティを伸ばし、協調性を高めてくれる……と、私自身、いろいろな媒体で執筆してきた。

とはいえ、「クリエイティビティを高める」教材は多くある。それでも私がマイクラを贔屓してしまうのは、こうした実体験が根っこにあるからだ。

次は何を作ろうかと頭をひねり、調べて、設計して、協力して……「協調性を高める」が決してただの売り文句でないことを、私はよく知っている。

マイクラは多くの体験をくれた。

「エルフの住んでそうな村作ろうぜ」と張り切ったことも。

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せっかくのレアアイテムをすべて失い、フテ寝したことも。

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激レアアイテム「エリトラ(滑空翼)」
この後、不運な事故でなくした

面白半分でウィザーを呼び出したら、あたり一面を廃墟にされたことも。

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「もうあきまへんわ」の記念撮影

草原、ジャングル、氷山、沼地、あらゆる場所を二人で冒険し、ノートにアイディアを書き溜めた。毎日寝る直前まで、「明日は水流エレベーターの敷設やな」などと話し合った。

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こうして作り上げたワールドは、「単なるゲーム」とはとても言えないほど、思い入れの深いものになった。いわば第二の家のような感覚で、少し飽きて間隔が空いても、しばらくすると戻りたくなる。

遠くから拠点が見えたときの安心感といったら、出張から帰って、アパートが見えてきたときのそれとほとんど変わらないだろう。

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そして、マイクラは夫のさまざまな魅力を照らし出してもくれた。

無鉄砲に飛び出して迷っても、地図を片手にナビゲートしてくれる心強さ。

大切なアイテムを失っても、また探せばいいと言ってくれる寛大さ。

短気な私が放り出した自動化装置を、夜中にそっと完成させてくれたこと。

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たった3500円のソフトが、ここまでの感情をくれるなんて、始めた頃は予想もしなかった。

「次のアプデでは地底湖が追加されるらしいやん。はよ夏ならんかな」

「インディージョーンズの世界やん。またカメヘル作らなな」

マイクラの世界は今も進化を続けている。我々の冒険もまだまだ続く。埼玉の2LDKと、マイクラのワールドの中で。

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夏野かおる
とっても嬉しいです。サン宝石で豪遊します。