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ASDの私が人を調査していた話|好きな仕事「エスノグラフィ」
こんにちは、夏野サカナです。
私は数年前まで、入社した企業に10年以上、勤めていました。
まだASDだと診断される前のことです。
いくつか職種を経験しているのですが、その中で一番好きな仕事は「エスノグラフィ」という仕事でした。
今日は真面目に仕事の話でもしようかな、と思います。
エスノグラフィとは
エスノグラフィは、もともと文化人類学という学問で使われていた調査手法です。
特定の文化や社会集団に自らが入っていき、その生活や行動を観察することで、文化や集団を内側から理解することを試みます。
↓少し古いのですが、この本が有名で、私も好きです。
この本では、著者が一年に渡って暴走族を参与観察(集団に混じって観察)しています。暴走族を減らしたいとか、逆に擁護するとか、そういった立場は抜きです。中立的な視点で観察と分析を行います。
私のやっていたこと
私が仕事でやっていたのは、上記で紹介したエスノグラフィの手法をビジネスに応用したものです。「ビジネスエスノグラフィ」や「行動観察」などと言われます。
同じ業界向けに言えば、私はIT企業のデザイン系研究所でUXに携わっていた人間です(分からない方は無視してください)。
簡略化されたエスノグラフィですが、研究職だったこともあり、ビジネスで行われるエスノグラフィの中では割と本格的でした。
数日〜数週間、現場に張り付いたりインタビューしたり、デスクトップ調査はもちろん、関連のイベントに出かけたり、業界によっては有識者を辿って話を聞いたり、関連する資格を勉強して取得したり。数カ月〜数年にわたり調査します。
大事なのは、「私がこんなASDにも関わらず、人を対象に調査していた」ということです。(そんな顔しないで。全くもって、そうなんだけど。。。)
「人をじっくり観察する」という、この仕事は多くの学びを私にもたらしました。
私は物理学の修士課程卒です。物理を専攻した理由は「人間を興味の対象にはできない」と思ったからでした。
しかし実際に人を観察してみると、面白いこと面白いこと…!!!
だって、自分と全然違うんですもん…!!笑
私は「多くの人が当たり前だといって見逃すことに、よく気づく」と褒められました。今考えると、ASDのおかげですね。だって自分にとって全然当たり前じゃないんですもん。。。
何か事情がある
真面目な話に戻って、一番印象に残っているのが、配属してすぐの頃に上司に言われた言葉です。
「観察していると、非効率だとか、無駄だとか思うことにたくさん出会います。しかし、我々は『何か事情がある』と思って、見ましょう。彼らにとっては、何かしら理由や価値があるものです。」
(なんか文字にすると聖人君子な上司に見えますが、研究者でプライベートは破綻している人です。)
例えばIT企業だと「ここが無駄です。だから、IT化・自動化すると効率的ですよ!」みたい売り方をよくします。
でも、IT化・自動化って現場には不評なんです。
新人が先輩に「なんでそんな非効率なことしてんすか?」と言って嫌われるのと同じです。そんな目で見てたって分かりあえないし、その先良い方向に持っていくのは至難の業です。いくら理論的には効率化できそうでも、相手に受け入れられなければ実益につながりません。
「見たいものを見る・知りたいことを聞く」ではなく、「自分が相手と同化して紐解いていく」ということが大事なんだそうです。
(あ、でもクライアントはこんな姿勢じゃないので、アウトプットはきちんとクライアントに忖度した内容にします。社会人ですからね。)
この「何か事情があると考えなさい」という上司の言葉と、自分が相手と同化して理解していくエスノグラフィの手法は、色々な場面で私を救ってくれました。
当時はまだ自分がASDだとは知りませんでしたが、なかなか(というか、ほっとんど)他者とわかり合えない状況が常々で、なんでだろーとは一応思っていました。
でも、「こっちにはこっちの事情があるし、あっちにはあっちの事情がある」と思うだけで、気持ちがだいぶ落ち着きます。
ママは家を出る時間なので靴を履いたのですが、これから保育園に行く予定の子どもは一度はいた靴を脱いで部屋に戻り、レゴの収納をひっくり返した、というだけです。はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!?。
他者を理解するとは
ちなみに、「相手を観察して理解する」とは、具体的にどうすると思いますか?「相手のことをよく見る」という人がいるのですが、私は少し違うと思っています。
まず、相手が置かれている状況に一緒にいる必要があります。そこで、相手が見ているものを見て、相手が聞いていることを聞きます。
そして、自分が相手と一緒の状況に十分に晒された上で、相手が何を考えているのか、を聞くのです。
これぞ、非効率の極み。
エスノグラフィは超絶コストが掛かるので、インタビューで済ませようとする人も多くいます。(もちろん、インタビューだけすることもありますよ。仕事ですからね。)
「よく相手の話を聞きましょう」とかも言いますよね。
でも、私は言葉だけ聞いても分かりません。
相手は自分をよく見せるために、虚勢を張って発言しているかもしれません。
自分と相手で、言葉が指し示す内容が異なっている可能性もあります。
定義が同じでも、意味の重さが違っているかもしれません。
何より、本人にとっては当たり前のことすぎて、そもそも言語化されないものが多くあります。
(あと、オマケに私はASDですし……。皆は話聞けば分かるかもしれないのですが、本当に私はわからないんですよね。)
ということで、ママはレゴをやりに部屋に戻って、息子を観察せねばなりません。でもママは、途中から自分のレゴ制作が楽しくなってしまうので、子どもの観察は途中で放棄しがちです。仕事じゃないと、まったく身勝手なASDで困ります。
ドンキホーテ陳列が好まれるサイト
ちなみに、私の仕事の業界は、割と勉強会が活発にあります。
もう7〜8年前の話ですが、以前、勉強会で話が盛り上がって、2人で飲みに行った方がいます。その方は企業でアダルトサイトのUIデザイン(Webサイトの見た目を考える人)を担当していました。
アダルトサイトとはいえ、きちんと使い勝手や満足度評価のテストをやっているとのこと。社内でテストに協力してくれる人を探して、実際にサイトを使ってもらう様子を横で観察して、話を聞く、と教えてもらいました。
で、面白いのが、
通常はWebサイトって、綺麗な見た目や、どこにどの情報があるか分かりやすい配置が好まれるんです。
しかし、アダルトサイトの場合は彼いわく「ドンキホーテ(お店)みたいに、とにかく沢山の情報がゴチャゴチャ並ぶほうが好まれる」そうで。
(以前の話なので、今もそうなのかは知りません。)
なんて面白そうなんだ!!
そんな話を聞くのは初めてだったので「ぜひ私も見学させてください!!」と、かなり真剣にお願いしました。
そうしたら、
「難しいです。女性が見学している、というのが被験者(観察される人)の心理状態に影響するといけないので。興奮とか…」
と丁重にお断りされました。
(うわぁ〜!それはそれで興味深いのですが…。評価項目に「他者の視線の影響」を足せばいいのに!)
職権乱用はいけません。残念です。
まぁ確かに、帰ってからサイトを確認したらドンキホーテ的でした。でも、それぞれの陳列にどのような意味があるのか知りたいですよね。
会社で隣の席の先輩にその話をしたら「じゃあ、オレが行ってくる!!」と言い出し、話を聞きつけた後ろの席の先輩も「いや、自分も行きたいです。」と言い出し、「じゃあ、先輩たちが見ているのを私が観察します」と言えば「それは断る」とガヤガヤなりだして、最終的に上司に「仕事しろ」と怒られて、この話は終わりました。
(いや、仕事の話だし。全員、真剣だし。)
おしまい。