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灰色の優しさ ~2018.8.29~

(2018年の夏、
 天狼院書店「ライティング・ゼミ」で書いたものを
 再掲載します。

 2作目は、文字の色についてのオハナシ
 でした。)

 

私は、「強すぎるお知らせ」に頭を悩ませていた。
それは数日後に、社内に向けて出される予定だ。手続きの案内や対応依頼がいくつも、A4サイズ縦向きの用紙、数枚に横書きで並べられている。私はその発行元である管理系の部門に居る。
お知らせの体裁はいつもの通りだ。題名と冒頭の文、続いて、内容を大項目に分けて並べる。各項目の中にも少しの説明文、情報は極力絞り、箇条書きで整理。特に重要な箇所は太字や赤字や下線で強調。それなりに伝わりやすいようにとの工夫がなされた結果だ。

しかし。いつものことなのだが、どうにも読みやすい感じがしない。
全体にびっしりと文字が書かれ、ごちゃごちゃした印象。重要なことが書いてあるので、読む気がする・しないではなく、社員のみなさんには読んでいただくしかないが、前向きに読む気の起こる原稿ではない。
目にうるさい、言ってみれば紙面が「強すぎる」のだ。

どうにかこう、スッキリとさせたい。でも、これ以上内容は削れないし、重要なところを太字や赤字にするのがおかしいわけではない。野暮ったいお知らせでも、いろいろと工夫を重ねてここに落ち着いたのだ。これ以上、どうすればよいのか。私は、それを解決することを、半ば諦めていた。

雲行きをガラッと変えてくれたのは、デザインに精通したWEB系の技術者の、豊富な知見だった。例えば、使う色の数を減らす、フォントを変える、枚数が増えても思い切って余白を確保する。考えてもみなかったアイデアの数々はデザインの世界からすれば、基本なのだそうだ。いくつかの手法を取り入れザクザクと変えていくと、お知らせの見た目は劇的に変化を遂げた。
それら様々なやり方の中でも私が特に、その密かでありながら確実な違いに惚れ込んだもの。それが、「文字色を、黒から、ほんの少し、灰色にする」というものだった。

文字色に灰色がかった黒を採用することはWEBの世界ではありふれた手法のようだ。書類でも効果があるという。実際にやってみると、予想以上の違いを感じた。全体的に主張が控えめになる。迫力は削がれるが、アピール力に欠けるとの懸念は、読みやすさの前に消し飛んだ。フォントや色使いの効果とも合わさって、さきほどまでは「我も我も」とでしゃばっていた情報たちが、お行儀よく一歩下がって、読まれるのを待ってくれている。そんな印象を与える。多少長めの説明もすっと頭に入ってくるようだ。
一言で言えば、とても、読む人に優しい。
先程までと、内容としては何ら変わらないものだとは思えないスマートな原稿が、そこにはあった。

お知らせづくりで灰色がかった黒い文字がすっかり馴染んだ頃、私は新しい違和感を覚え始めた。
「手書きの文字の色、きついな」
そう、手元のボールペンの色だ。いつも、ごく普通に、黒や青など、はっきりとした色を使っている。万年筆のブルーブラックにしても、白とのコントラストで言えばくっきりしている。今まで何の疑問も持たなかったそれらのインクの色が、急に「強すぎる」と、気になり始めた。

気になると試してみたくなり、私は初めて、灰色のボールペンを買ってみた。それは当初思った色ではなかった。よほど私の要望が変わっているのか、あるいは探し方が悪いのか、大きめの文房具店へ行っても、お知らせで大活躍してくれているあの「灰色がかった黒」色のボールペンは、見当たらない。万年筆のインクならあるようだったが、ほしいのはボールペン。それでもどうしても灰色の威力を確かめてみたかった私は、仕方なく、いわゆる「ねずみ色」のボールペンを買って帰った。

そして、使ってみる。すると、これが、良いのだ。欠点も多いが、予想以上に、良い。

欠点は、例えば、正式な書類には使えないこと。コピーをとるようなメモにも向かない。ノートでも罫線が濃い目ものだと、うっかり存在感で負けてしまうのでイマイチだ。「灰色がかった黒」とは違って、あいにく、人に見せるものには向いていない。

でも、その一方で、自分だけの時間には向いている。
特に、もやもやとした考えを吐き出すのにすごく良い。まだはっきりとした思考の形になっていないものをわらわらとあるいはつらつらと書くとき、色の強いペンより、灰色のペンはとてもしっくり来る。
どういうことかと考えてみると、今書いたものにも目を走らせながらふと手を止めて続きを考えているようなときに、色の強いペンだと、今書いたものが強いので、目が、書いたメモを読み始めてしまい、次に頭から出てこようとしているアウトプットを寸断してしまうような気がするのだ。灰色のインクはその点、書いた後にも次の思考を邪魔しないでいてくれる。薄ぼんやりとした思想に、淡い色が、優しく、ぴったりと寄り添ってくれるような印象がある。この優しさは、他にないような気がする。

「灰色がかった黒」の良さに惚れて始まった灰色の手書きの世界は、また新しい優しさを運んで来てくれた。
もしあなたが、まだ、灰色の文字のもつ良さを感じたことがないようなら、ぜひ、騙されたと思って試してみてほしい。くっきりはっきりとした黒や青の文字とはまた少し違った、優しい世界が、そこには広がっている。




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この記事は、2018年8月に書いたものです。

当時の思い出、というか、
今振り返って思うこと。

「ずっと書き続けていくためには、いかに、
 日常の題材を、記事にできるようにするか」
ということに、一番最初から、腐心していたなぁと思う。

今の、noteやメルマガを書き続けて行こう、という視点と、
当時のそのスタンスがあまりに一貫していて、
我ながら、苦笑いする。

良い悪いではなくて、「変わってないなぁ」って。

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