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テレビのお値段2024学生版

テレビの値段

毎年江古田キャンパスの専門科目「放送概論」の授業で、だいたい夏休みに入る前くらいでしょうか、『テレビの値段』を考えています。
この作業は、かつて放送批評誌である『GALAC』(放送批評懇談会発行)の企画として、一体テレビに人々はいくら支払っているのかを可視化しようという作業に始まります。授業ではいわばその続編というか、アップデートをおこなっているものです。GALAC記事は坂本衛編集長の時代に編集部企画として作ったもので、僕自身も編集委員として参加しました。あれこれ調査しながら記事にまとめていった作業でした。
その後もこの作業をほぼ毎年、勝手に行っていて、もう何年も続けています。授業でしゃべるだけなので、今となってはちゃんと毎回の作業記録をとっておくとよかったのかな、などと思っています。人々が支払う金額の推移はちょっとしたメディア考古学の材料にもなりそうで、そこは芦ノ湖より深く反省しています。

テレビに支払うお金とは?


テレビを見るために、私たちはいろいろなところでお金を支払っています。電気屋さんに払う受像機の本体価格はもちろんのこと、アンテナやケーブルにまつわる設備資材費、電力会社に支払う受像機の電気代、テレビを視るときは室内照明も使うのでその電気代もかかる。さらには場所代。賃貸であればテレビの専有面積の分の家賃を払っていることになりますが、実はこれそんなに安くはありません。
放送に支払うお金というと、多くのかたは日本放送協会の受信料を思いうかべると思いますが、民間放送とてタダではないです。日本の企業は平均すると売り上げの4%弱を広告費に回しています。この広告費のうち3割弱がテレビメディア広告費となり(毎年、電通が推計しています)、提供やスポット広告料金などなどを通じて放送局に支払われるわけです。ざっくりいうと、私たちがお買い物をした金額の4%弱のそのまた3割弱がテレビ局に支払われる計算です。100万円のお買い物をすれば、1万2000円になります。これはテレビを視聴してもしなくても支払われる金額。テレビ局をゴミ扱いしていようがいまいが、コンビニで買い物すればテレビ局にお金がいくし、外食すればテレビ局にお金を払うという仕組みです。

税金だってつかわれている


放送に関しては国や自治体も様々なことをしています。まずは総務省を中心とした電波の管理が大きな仕事ですが、4K8Kのような新しい放送技術の開発やその促進、次世代テレビの技術開発支援やコンテンツの開発と普及についてもお金を使っています。地域のケーブルテレビの運用とか、災害に対して放送を強靭にすることとか、実に色々な仕事をしていますし、いろいろなことにお金を出しています。それらはみんな「税金」です。国民の支払うお金が放送にまわります。
よく誤解されますがNHKには税金は入りません。唯一、政府の代わりに行う海外向け放送は、日本政府の仕事をいわば業務委託されているのでその分の経費が国から支払われますが、大きな金額ではありません。
ただし、毎年のこの企画では計算に入れていないのですが、NHKの予算の審議には国会のかなりの時間を割いています。これだってタダではありません。議員報酬や国会職員の給与のうち何%かは放送のために使われる、ということもできます。放送法は改正されたばかりですが、まだこれから通信と放送の関係は書き変わる可能性もあるから、立法府でもそれなりにお金を使っているはずで、これも税金やら政治献金やらで賄われるわけなので、国民が支払っていることになります。税金も、国会で使われるお金も、テレビが好きだろうが嫌いだろうが関係なく、国民みな等しく負担するお金です。

大学生のテレビへの負担は


授業では「地方から出てきて一人暮らしを開始。せっかく放送学科で勉強するんだし、いい映像が見たい。だからちょっと大型の新しめのテレビを購入した学生。19歳」を想定して、1ヶ月の暮らしの中でどれくらいテレビに支払っているのかを毎年試算しています。テレビ本体価格などは、耐用年数を8年と考えた減価償却の1ヶ月分。アンテナケーブル類は10年として計算。また電気代は家電量販店などで用いる推計をそのまま使いました。また場所代はテレビ専有面積を1平米として、賃貸情報から江古田の学生たちが住みそうな地域・物件の家賃と広さの中央値で推計しました。
まず受像機・アンテナ関連が2,056円、電気代は719円と推計されました。次に1㎡分の家賃ですが、今年はほんのちょっと上がって2,920円。結構な値段です。NHKの受信料は、実家で契約しているとすれば家族割が使えるので、6ヶ月前払いで5,593円のコース(4K見たいので衛星契約)で、1ヶ月あたり932円。広告経由で民間放送にまわる金額については、19歳学生の一ヶ月の消費額を、いくつかの調査結果の平均から17万円とすると1,156円になります。そして放送にまつわる税金負担は月額換算で177円。ということで、毎月テレビに支払うお金は7,950円というのが2024年度の推計値となります。このうち広告費経由と税金経由の小計1,333円は、テレビ受像機をもっていなくても負担する金額ということになります。学生以上に消費金額も多く税負担も多い30代40代50代の方々はもっともっと支払っていることになります。
授業では、この毎月7,950円は多いか、少ないかを考えたりもしています。これだけの金額があったら他に何ができるだろうか、はたして現在のテレビ放送はこの金額に見合うだろうか、などと考えます。賛否両論にはなりますが、そこは放送学科の学生。「十分に見合うだけの番組はたくさん作っている。でもそれが届いていない」という分析が毎年たくさん出てきます。あるいは「これだけ負担しているっていう意識を持ってもらう方がいいのでは」などという分析もでたりします。少なくともこうした経済的制度に支えられて放送が存在することをふまえて様々なことを考えてほしいなと思っています。

最近拡大された学生の受信料免除


今年、レポートの中に「先生。私は親が受信料を支払っているから自分は免除されています!」と書いてきた学生がいました。そうなのです、実は学生の受信料免除という制度が以前からあったのですが、かつては奨学金受給対象学生などの限定がありました。しかし昨年から、保護者の方の「被扶養者」になっている学生であればOKなど、この制度が拡大されました。アルバイトなどで収入がかなり多いと扶養を外れてしまうのですが、昨今の学生たちの状況からすると、授業を履修しているほとんどの学生が免除対象になると考えられるのです。
そうなると推計をし直さないといけません。今回の推計では、受信料一ヶ月分を932円としましたが、これが免除されるので、なくなる。そうすると毎月のお支払い総額は7,018円になります。だいぶお得感が増してきたような気もします。テレビ受像機をもつことによる支払い金額が5,685円、もっていなくても負担する金額は1,333円。あわせて7,018円が、2024年度、江古田キャンパスにいる一人暮らし学生のテレビの毎月のお値段です。これに見合うだけの番組作りや放送サービスをテレビ局には大きく期待する一方で、これだけの負担をするんですから、学生さんにはテレビを存分に活用して学んでほしいなと思いました。


とてもぐうたらな社会学者。芸術系大学にいるがこれでも博士(社会学)。