【SS】朝方四時に訪れる男
腫れた目を擦るのにいつの間にか疲れて眠っていたようだったが、インターフォンが鳴った。スマートフォンを探して時間を確認すると、4:06。
特に訪ねてくる約束をした人もいないし、こんな時間に宅配便が来るわけもないし、何か近くで事件でも起きて警察なんかが来ているのではと思って怖くなり、不在のふりをしようかとも思うが、恐る恐るインターフォンに映る人物を確認することにした。布団を被りながら真っ暗な部屋に灯った画面を確認すると愕然とした。
昨日喧嘩したセフレがそこにいた。酔っ払って時計を落としただとか言って、そんな愚かなことして何百万も借金する馬鹿と関わりたくないと思ったからキツい口調で電話で話した。さすがにもう来ないと思っていた。
ドアを開けると、「ごめん」と彼はこちらを見ないで頭を垂れている。「ごめん」と言うのを繰り返しているだけで、目を見ようともせず玄関の壁にもたれている。明らかに酒臭い。どうせ近くの行きつけのBARで飲んでいたんだろう。
呆れると同時に、この場面をどこかで見たことがある気がして頭がクラっとする。彼が同じことをしたのではなく、もっと昔。小さい頃に。
また彼は数ヶ月後、インターフォンを鳴らして同じことを繰り返した。前と同じような時間だ。また同じようにひたすら謝って、わたしの目を見ない。セックスする時もどうせ目を見ない。
わたしはこの男が好きだったけれども、今までこんなにだらしない男を好きになったことはなかった。朝方まで酔っ払ってふらふらと訪ねてくる非常識極まりなくてこちらの迷惑など何も考えていない男など周りにおらず、子どもの時からそんなに治安の悪い状況に陥って不安になることなどなかった。しかし、何故かこの男に感じる安心感というか懐かしいものがある。
その正体に、ようやく気づくことができたとき、腫れた目など気づくことなくわたしの隣で酒と煙草まじりの寝息を立てる男の腕枕をすり抜けてベランダに出る。星を眺めたくなったからだ。
祖父が、銀色の缶を片手に持ちながら昼間っからうちのインターフォンをよく鳴らしていた。家の中に入ろうとするといつも千鳥足で、どうして酔っ払っているときにわざわざうちに来るんだろうと幼少期にその記憶だけがあった。自分が幼すぎて、祖父についてはいつも酔っ払って玄関のインターフォンを鳴らしている記憶だけしか残ってなかった。葬式のその後に「孫に会いたくてよく仕事抜け出してたのよ」と親戚の誰かが説明していた。
酔っ払った醜態でも、わざわざわたしに会いにくる男はおじいちゃん以来かと、そんな風に思うと泣けてきてしまった。祖父はいわゆる、いい男じゃなかったのはそれから十年以上後に知った。祖母が亡くなってから親戚が、「おじいちゃんのDV、あの時は酷かったわね」と話していた。今までそんなことは一切知らずに生きてきて、こんなに身近にDVの被害を受けている人がいるなど想像もしていなかったのでしばらく苦しくなった。
隣で寝ている男を、また二時間後に叩き起してわたしは健全に仕事をしに行く。モラルのある世界で、ちゃんと生きなきゃ。
腕枕していた腕に、うっすら筋肉が見える。首元のチャラいネックレスはいくらくらいするのかな、売ればいいのにと思いながら、牛乳をコップに注ぎ一気に飲み干した。朝方に酔っ払って訪れる男ではなく、一緒に布団に入って手を繋ぎながら眠れる人がいる安心を選ばなくてはと思いながらも、白いコップを洗いながらため息をつく。