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【SS】秋葉原のプリ機

プリクラ機から出ると生徒がいた。「あれ?先生じゃん!」

顔は覚えているが名前を思い出せない。わたしが初任頃の教え子だ。何だか水みたいな名前だった気がするけど、水という字が入っているわけではなくて……などと考えていると、教え子の隣の男が「誰?」と問う。

「先生!」とだけ言う水田さん(仮)。男が、「は?見えね!」とわたしと目を合わせて言ってくる。

「ごめんね、昔の生徒」と自分の友人に説明する。友人が「こんにちは」と挨拶し、友人の子どもが続けて「こんにちは~!」と、わたしの生徒に挨拶をした。

「え?何?先生の子どもかと思ったわ」と言われたので、まさか~と返そうとすると「先生も早くいい人見つけなよ~!」と秒で返される。この、ウエメセな応援メッセージ、全国百万人いる教師の八割以上が言われているのではないかというくらい定型文すぎるのだが、どこかの授業で習わせているのだろうか。わたしは学生時代には習ってないのだが。

友人の子どもと三人で遊んでいて、どこに行こうかという話になりゲーセンを選んだだけだったが、とんだダメージをくらった。水田さん(仮)たちは、プリ機の中に消えてった。

翌日、出勤してから過去の帳簿を確認した。彼女の名前を思い出し、昔彼女の担任をしていたおじいちゃん教諭に話しかける。「昨日、雨宮さんに会いまして~」と、「雨宮さん?あー、角川さんと仲の良かった。今は商店街のパン屋さんで働いてるらしいね」

おじいちゃん教諭は、一見噂話などには興味ないように見えるが、何でも話しやすくてニコニコ聴いてくれるから、女子たちが情報を何でも伝えたがる。

あのパン屋に寄るのはもう辞めよう。街の中で、どんどん行きたいところが減って、行動範囲が制限されるのがこの職業のやむを得えないところだ。

「どこで会ったの?」と話題を続けられて、ヒヤリとする。

「秋葉原に用事がありまして、偶然」

嘘ではないが、プリクラを撮りに行ったと言うと他の説明が面倒くさそうだったので、エリアを伝えるだけにとどめた。


一年ほど経った頃、雨宮さんが学校に来ていた。角川さんとおじいちゃん教諭と廊下で喋っていた。

「あ!なつみ先生だ!」

「雨宮さん!」

今度は名前をちゃんと言えた。よかった。

「なつみ先生、わたし結婚するんだ。早いでしょ」

確かに、年齢的にも展開的にもかなり早い。お腹が大きいのは、あのちょっと失礼だった彼氏の子がいるからなんだろう。

「てか、先生髪型変えたね。垢抜けてんじゃん」

子どもに、お洒落マウントを一生とられ続ける教師という職業のその面が、本当に苦手で楽しめなかった。わたしだって港区で会社勤めすればそれなりにはなれるが、変にモテないようにするために敢えて黒髪にラフな服装貫いてんだよ。

そしてそして、来ると思ってたジャブで気持ちよく去る彼女。「先生も、早く結婚しなよ~!」

ねぇねぇ、先生が精子をまんこで出せない彼氏と付き合って悩んでいたことや、同棲を切り出されながらも仕事の継続をとったら捨てられたことも全部全部知らないでしょう。早く結婚しようとなんか、してみたに決まってるっつーの。

今なら、選択的夫婦別姓について2コマは語ってやれるぞ。どうだ。



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なつみさん
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