三人目を考えたことがない、ことはないけど
こんなに育児に疲弊している私でも、一度や二度くらいは、「三人目」の可能性を考えたことがある。
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そもそも私は、子供は一人でいいと思っていた。
結婚してから五年くらい、子供がいなかった。最初の方はまだいらないと思っていて、それから二、三年位はそろそろと思っていたけれど、できなかった。
ついに待望の存在として生まれたうちの長男は、「寝ない」子供の典型であった。どれだけ難しかったかといえば、我が家で今でも語り継がれている、こんな伝説がある。
「あんたが赤ちゃんの時、ママが何とか寝かしつけようと、授乳しながら部屋の中をゆらゆらしながら歩き回ってたんよ。やっとの思いで何十分もかけてあんたはようやく目を閉じた。ママは座ったんよ。あぐらをかいて、そのあぐらの上にあんたを乗せて寝かしとったん。ベッドやら座布団に置くとすーぐに目が覚めるのが分かってたから、よく私のあぐらの上で寝てたんやけど。
で、ようやく寝たなとホッとして、ママは育児日記を書こうと思って、そこのちゃぶ台の上のペンをもたげた。
そのペンをもたげた音で、あなたの目がバチ!!!と開いたんよ!(残念!ゆらゆらからまたやり直し)」
ペンを机の落とした音で起きた、ではなくて、机の上のペンを持った音無き音で、起きた。そういう赤ちゃんだった。
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こんな感じだったから、長男がようやく一歳になった時、私は世のお母さんたちが、年子で子供を生むなんて、信じられなかった。どうやればそれは可能なのか?心身ともにボロボロでカラッカラで、今思えば育児ノイローゼになっていた私は、うちは一人で十分だと考え始めていた。
だから、長男が二歳になってから、二人目を妊娠していることに気づいた時には、私は信じられないと同時に、赤ちゃんには申し訳ないけれど若干落ち込んでしまった。これ以上、自分を文字通り殺して、今もう宿ってしまったもう一つの「大切な存在」をきちんと育てられるのか?不可能な気がした。
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さてそれからまた数年たって、二人が六歳、三歳、くらいになった時である。
長男の通う幼稚園に、毎日三歳の長女を連れて送り迎えをしていた頃だ。周りを見れば、小学校に通う大きな子供を持つママ友や、反対に生まれたばかりの赤ちゃんを連れているママもいた。
赤ちゃんはかわいい。無条件に。
毎日幼稚園の送迎に大きな腹を抱えて来ていた女性が、ある日を境に新生児を抱えて送迎に来るようになる。幼稚園の皆で、段々と大きくなるお腹を見守っていたのに、いつの間にかその子は、外界へ出てきて、歩きだすようになる。
それは神秘的で、とても不思議な気がした。
ある時、私は今まで以上に考えてしまったのである。
"What if...?"
きっと、六歳三歳となって、ちょっとだけ手がかからなくなったから、魔が差したのだろう。我が家にちっちゃい赤ちゃんをプラスすることは、そんなに悪いことではないような気がし始めてしまった。
寝不足や疲れはこたえるだろうけど、それよりなにより、かわいい赤ちゃんがいる生活というものを、もう一度やるのも悪くはないのではないか。。。?!?
周りには、三人、四人と子供がいるママたちがたくさんいる。私にもできるのではないか??
そこで私は、最低三人子供がいるママ友に、その場で園庭で聞いてみた。三人目って、どう?
「三人目は余裕だから、孫みたいな感覚だよ」
「二人も三人も一緒だよ」
と最初のうちは皆、ポジティブな答えをくれた。三人目熱が上がっている私にとってはますますテンションが上がる答えだ。やってみるのもいいかもしれない。
しかしその時、三人目の妊娠生活を教えてくれる、男の子三人を持つママがいた。
「でもな、三人目、妊娠してる時はほんまに大変やった。。上二人を追いかけながら、自分は大きなお腹で、もう家の中はごっちゃごちゃで、思うように自分は動かれへんし。。。上の二人に怒ってばっかりで、しまいには臨月には、私這ってたで。。。」
え?這う?
私は二人の妊娠で体がしんどくて自由がきかなくて、大変だった事はもちろんたくさんあったけど、最後に這いまわった、という経験はない。
そこで、横から最近三人目を生んだお母さんが入ってきた。
「私も、最後這った。。。」
笑いあっているではないか。這うの?三人目、妊娠したら這うことになるの?
「高齢出産やからかなあ」
40前後で三人目を生んだ二人は、這う思いをしたらしい。よくよく考えてみれば、まだまだやんちゃな上の子二人がもう既にいる家の中で、つわりを乗り越えて、日に日に大きくなるお腹を抱えて家事育児をするのはきっと大変だ。私には未知のテリトリーだ。
きっと、這わなければならないことも、あるのかもしれない。
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三人目を妊娠すると、這う。という衝撃的なイメージをインプットされてしまった私は、言うまでもなく、三人目を作ることをやめた。私には、できないと思った。ただでさえ、感情的になりやすい、疲れやすくて、大変な妊婦期に、やはり上二人がいるというのは、いまどきの核家族のママにとっては大変なのだと思う。
きっと、何歳で出産しても、這わない人も思うと思うけれども、私の中で二人の体験談は、あまりに強烈なものだったのだ。
でも、考えてみれば、私も長男だけだった時は、二人目なんか無理と思っていた。だから、案外三人目を妊娠してしまえば、生んでしまえば、きっと何とかはなるのだと思う。
けれど、けれど、やっぱり、あの重い体を抱えて、這いまわりながら「もう早く片付けなさいー!!」などとキーキーと怒っている自分を想像しては、ぞっとしながら、ちょっと笑けてくる。